2001年11月の日記
11月2日(金)の夜
今日は学部で「エクスターナル・レヴュー」というのがありました。これはテキサス大学が実施しているもので、外部からレフリーを呼んで、彼らにプログラムの評価をしてもらうというのものです。3人のレフリー(それぞれ、UCサンディエゴ、ハーバード、カーネギーメロンの政治学の教授)が先生に個人面接、学生に集団で聞き取りをします。で、僕が行ったのは会議室での院生に対する集団の聞き取り。学部の先生はもちろん立ち会いません。すると出るは、出るは不満の数々…。公法、国際関係、フォーマルセオリー専攻の学生は「授業が少なすぎる!」といえば、政治行動の学生は「less engagedな先生が多い!」などと言います。他にも財政援助のことなどプログラムに対する文句は後を絶えません。最後にはレフリーの先生が、「悪い所は分かったから、何か良いことは無いの?」と聞く始末。時間もオーバーして白熱のうちに議論が終わりました。最後、ハーバードの先生に、「学生は受身にならず、もっと積極的に教授に働きかけるべきだ。期待ばかりしてちゃだめだ」と説教みたいなことを言われました。それにしても僕の知らなかった学部の良くないところが一杯わかってしまって、良かったのか悪かったのか…。何か先行きが不安になって来た。
それとついにこっちに来て以来、初めて風邪を引いてしまったようです。必殺、タイレノールでなんとか持ちこたえていますが、さっき帰宅途中バスの中では鼻血がでました。もう学期も半分を過ぎ、どうやら慢性的に体力的にも気持ちの上でも疲れがたまっているようです…。
11月3日(土)の夜
昨夜は結局、誘われていた学部の先輩のハロウィーンパーティに行ってきました。というのも昨日のエクスターナル・レヴューの後に、その先輩に「来るよな!」と言われて、「でも車が無いから…」と言い訳し、その先輩の家の場所を確認すると、運悪く(←!?)、僕の家の近くです。「歩け」と言われてしまいました。仕方ありません。仮装が義務付けられているのですが、そんなん何をしてもいいか分かりません。時間は経つばかり。結局夜10時になって、このままでもいいからとりあえず、顔だけ出して1時間くらいで帰ろう、と自転車で家を出て、スーパーでフルーツなどを買って、先輩の家の方向とおぼしき方に向かいました。住所は知らされていたのですが、番地を調べようと各家の間口に近づくも犬に吼えられて退散。それを何回か繰り返しているうちに不審者と思われて、通報されるのでは無いかと思い、スーパーまで戻り、そこから先輩に電話。すると「車で迎えに行くから、そこにいろ」とのことです。家は近いとはいえ、歩ける距離ではありません。これで自由に帰れる身ではなくなりました(つまり誰かに送ってもらわないと帰れない)。徹夜を覚悟しつつ、妙にハイテンションなシークレットサービスに扮した先輩に車に乗せられ、パーティ会場へ。もうすでにかなりの盛り上がりです。室内やテラスはハロウィーンらしく怪しくライトアップされ、海賊や覆面レスラー、魔女、カウボーイなどが語り合っています。それにしても皆元気なこと。日本の大学院博士課程の学生のパーティでは絶対こんなかんじではないでしょう。中には乳首ピアス、タトゥーの過激な先輩がいたりで驚きました。こんな夜中にこんな絶叫していいのか?っていうくらいみんな叫びまくり、「アメリカのパーティ」というかんじでした。ほんとに近所迷惑な話です。それに絶対こんなパーティ、自分の家でしたくない。中に一人、僕のアドバイザーの先生が来ていました。彼の仮装も過激というか、「いいのか?」というもので、白いスプレーがほどこされた黒いTシャツを着て、サンドウィッチマンのように白い長方形のボール紙に挟まれています。そのボール紙は手紙に見た立ててあり、そのあて先にはワシントンの上院議員の名が…。つまり彼は炭そ菌入りの封筒に扮しているわけです(つまり白いスプレーは炭そ菌のつもり)。まあでも、パーティ自体は行って良かったと思います。先輩たちと仲良くなれたし(ちなみに留学生はほぼ僕一人で、アメリカ人の学生ばかりでした)。で、結局別の先輩に送ってもらって帰宅したのが夜中の3時。
で、今晩は木曜日から修士論文のフィールド・リサーチのためにオースチンに来てわが家に滞在している、同志社の院の後輩と食事。ダウンタウンでステーキをおごってもらいました!(情けない)。アメリカでステーキ初体験です。厚さ5センチ(←!)ものフィレ・ステーキ。アメリカのステーキは固いと聞いていたのですが、ちょうど良い固さで、油分も少なく12オンスを軽く平らげました。店も結構、良い所で若い人はほとんどおらず、そこそこドレスアップした中年のミドルクラスの白人の社交場、という感じのバーみたいなレストランで、値段も高かったと思います。でも、その後輩は高給で評判の大手外資系コンサルにすでに就職が決まっているので、いいんです!(彼のゴールド・カードが光る!)。Y.A.O.氏、貧乏な学生に豪華な食事をありがとう!。(よい食事をしてハイテンションなせいか、今日の日記、妙に「!」が多いなあ…)。
11月5日(月)の夜
今日の比較政治の授業のリーディングはPippa Norris. 1999. (ed.) Critical Citizens. でした。この本は表紙にガブリエル・アーモンドが「これは40年後の市民文化研究」である、と書いているとおり、いわゆる「政治文化論」の流れの研究の最新かつ、大規模なもののようです。編者のピッパ・ノリスはハーバードのケネディ・スクールの教授。書いている人も「社会関係資本」のロバート・パットナム、「脱物質主義」のロナルド・イングルハートなど大物がそろっています。この本の主張は、端的に「近年の傾向として、デモクラシーの理念に賛同しつつも実際の政府のパフォーマンスに不満をもつcritical citizens(批判的な市民?)が増えている。彼らはより良いデモクラシーのために必要である」というものです。本は主に4つのパートに分かれており、第一に研究の枠組み、第二にcritical citizensが増えているという傾向の確認、第三になぜ増えているのかその説明、第四に彼らが増えることによってどういう影響があるのか分析、という感じです。なかなか面白そうでしかも重要そうなテーマです。最初の研究の枠組みのパートは、非常にすばらしく、リプセットの政治的正当性と政府のパフォーマンスについての研究、アーモンドの市民文化論、イーストンの政治システム論、ヴァーバらの政治参加論など政治学の古典の知見を余すことなく盛り込み、注意深くリサーチがデザインされています。ここまで読んで僕は「この本は比較政治をやる人にとってはすごく重要な本なんだろうなあ」とか「テーマも面白いし日本だったら学部のゼミでワンセメかけて読んだりするのもいいのかなあ」などとすっかり感心していました。しかし、後のパートになると本当に無茶苦茶。とにかくごり押しが多い気がします。つまりあんまり重要じゃないことをさも重要そうに書いたり、無理に都合の良いように解釈したり、とにかく都合の悪い結果は無視してよい結果ばかりを大げさに強調するといった感じで、最初の主張(つまりcritical citizenがデモクラシーにとって重要である、ということ)をひたすら主張します。
最後のcritical citizensがデモクラシーに良い影響を与える、ということを言わんとする章でも、回帰分析で明らかにおかしな結果、例えば制度に対する信頼感が高まるほど、政治的な議論をしなくなり、政治団体、ボランティア団体に加入するなど(政治的議論をしないのになんで政治団体に加入するんだ?)、が出ていて、しかも結局はコントロールとして投入している政治関心や教育程度に比べて圧倒的にいわゆる"critical citizens"の変数は影響力が弱い、つまり他の従来言われている変数に比して重要性があんまり無いということが読み取れます。またこの本の主張するcritical citizensは、ベネズエラ、ドミニカ、トルコ、ナイジェリアなど半、あるいは非デモクラシーの国で多く見られるという結果が出てます。つまりこのことから想像されるcritical citizensとはこの本の著者たちが想定しているような「デモクラシーの理念を尊重するが故に、あえて政府に対して批判的な態度をとる」政治的に洗練された市民ではなく、「デモクラシーにあこがれつつ、効率の悪い現在の政府に不満を抱く」即物的な大衆です。結局、critical citizenはフィクションなのだと僕は思います。それにしても思うのは、おそらくこのプロジェクトはどこかの財団とか政府の助成を受けていて、すごく金がかかっているだろうにこんな結果を出して良いのか!?ということです。きっとプロポーザルには最初の数章のような素晴らしいものを用意した、だからカネがとれたのでしょう。でもその結果がこれ…。良いんでしょうか。
…今、自分で上の文章を見返して、ちょっとひどく書きすぎたように思います…。きっと僕の読み取れていないところで重要な知見があったり、僕が誤解していることも多々あるのでしょう。まあとにかく、興味深く読むことが出来ました(←フォロー!?)。
ところで今回のリーディングに関するエッセイですが「1」(最高評価)をもらいました。2回目です。でも、今回はハロウィーンに行ったり、パーティに行ったり、後輩と週末遊びほうけていたりであんまりまともに勉強できず、結局提出期限の今日の昼の2時も10分ほどオーバーしました。当然、プルーフ・リーディングもしてもらってません。そのせいかareをisと書いたり、respondをresponseと書いたり、be satisfied withをsatisfyと書いたりなど恥ずかしいミスを先生に直されまくりでした。これが無かったらもう少し気分良く喜べたのに…。でもそういえば前回「1」をもらったときもギリギリだったなあ。その方が良いのかも。
11月6日(火)の夜
日本から来ていたY.A.O.氏が去って淋しいです。やはり日本語を家でしゃべれるという環境は大きい。ますます日本が恋しくなりました。
それと数日前のUTの学生新聞、Daily Texan(「日刊テキサス人」?)によると、このほどFBIが2000年度の最も安全なキャンパス=学生数あたりの暴力犯罪の少なかったキャンパスを発表したそうです。それによるとUTオースチンは全米で3番目に安全なキャンパスなのだそうです。ちなみに1番はテキサスA&M大学、2番はパーデュ大学、以下4:フロリダ大学、5:ミネソタ大学ツインシティーズ、6:ミシガン大学アナーバー、7:ミシガン州立大学、8:オハイオ州立大学、9:UCLA、10:アリゾナ州立大学となっています。テキサスの州立大学がベスト3のうち2つを占めるとはさすがです。確かにキャンパス内、オースチン市内では警察がうようよいます。深夜でもパトカーが徘徊しています。警察官も心なしか偉そうです。保守的な州は確かに息苦しいと感じることもあるかもしれませんが、治安の面ではやはり「法と秩序を守っている」というかんじで安心できます。人権無視の変な刑罰があったり、刑務所で看守による暴力が問題になったりするのはいただけませんが…。
あと、「テキサン」という言い方で思い出したのですが、オースチンやUTの出版物なんかの人物の紹介のところに"He is a native Texan."などと書いてあるのをたまに見かけます。つまり「土着のテキサス人」。"Native American"みたいでなんかかっこいいなあ…。
11月7日(水)の夜
実は今日の日中に終わらす予定だった明日提出の統計学の宿題ができていないのですが、現実逃避を兼ねて日記を更新します。
昨日の政治行動の授業ではMelvin J. Hinich and Michael C. Munger. 1997. Analytical Politics.と関連の論文を数本読みました。この本は空間理論を主に投票行動を中心とした様々な政治行動に応用し、それを説明しようとするものです。構成が非常にわかりやすく、最初1次元のモデルが紹介され、ついで2次元、さらに一般化してn次元へと論が進みます。次に現実への応用可能性を増すためにこれまであった様々な仮定(例えば”完全情報”など)が徐々に取り除かれます。で、最後は具体的に委員会での投票と、選挙での投票に応用されます。この本は研究書というよりも入門用の教科書として書かれたもので、数学もたいして難しくなく楽しみながら読めました。著者の一人であるHinich(ヒニックと読む)は割と有名人で、僕がテキサスに来る前から名前を知っていた教授の一人です。今のところ将来的には彼の元で勉強できたらなあ、と考えています(ちなみにまだ話したことも無い…)。
それと来学期とる授業ですが、結局、新制度論の授業はやっぱりやめて、ゲーム理論の授業をとろうと思います。「難し過ぎるんじゃないか」と思っていたのですが、今日わざわざ学部のMLに先生がポストしてきて、「入門のクラスだから、高校の数学以上のバックグラウンドは必要としない」ということだったからです。この授業を教えるのはEnelowという教授で、この人もまた僕がテキサスに来る前から名前を知っていた一人です。テキサスは昔1980年代の中ごろ、アメリカにおける合理的選択論のメッカの一つだったそうです。ある人に言わせれば「その分野ではアメリカで5本の指に入っていただろう」ということです。当時はオードシュックとあと2人の教授とエネロー、ヒニックの5人がその中心で、現在まで残っているのがエネローとヒニックです。やはりテキサスに来たからには彼らから学ぶのが本道でしょう。ちなみに現在のテキサスの政治学の「売り」はラテンアメリカの比較政治だそうです。
政治学を知っている人以外にはわかりにくい話ですいません…。
11月8日(木)の夜
姉さん、事件です。昨日、家に帰るとドアに紙が挟まっていました。それはこの10月から家賃に水道代が含まれなくなったことに対する事後承諾のサインを求めるアパートの事務所からのものでした。だいたいこんなの許されるのか?と思いながら、印刷してあるこのアパートの住人の欄を見ると、僕の名前と見知らぬ韓国人の名前が。コスタリカ人の彼の名前ではありません。このアパートの以前の住人の一人が韓国人だったので、その人の名前が間違って印刷されているのだと思い、やっぱアメリカはいいかげんだなあ、でももうこれくらいでは驚かないぞ!と、成長した自分を密かに喜びながら、今日の午前中、アパートの事務所に行ってきました。すると、なんと、コスタリカ人の彼は実はまだアパートの住人として認められていないとのことでした。というのも彼はまだ保証人を立てていないから、とのことでした。アパートのオフィスによると、彼にコンタクトをとろうと電話するのだがいつも話中なのだそうです。かわりに僕が早く出すように言ってくれといって、保証人のサインその他を書く紙を渡されました。これは良く考えると大変なことです。というのも、もし仮に今の時点でこの部屋で彼が火事を出したとしても、法的には僕だけの責任になります。もし仮に彼が自分の部屋を汚したとしても、法的には僕だけの責任になります。またもし彼が家賃をはらわなかったら、それも法的には僕が責任をとらないといけなくなるでしょう。そんな無茶な…。ということで彼にこのことを言わなくては…と思ってると、これを書いている今、彼が帰ってきたので、早速尋ねました。すると「知らなかった。アパートのオフィスはそんなの教えてくれなかった」とのことです。最初彼が怠慢で出すのをさぼってたのでは?と疑っていたのですが、話を聞くとまあ、彼を信じて良いと思います。それにしても依然としていい加減なのが、なんで韓国人の名前がそこにあったか?ということです。また、彼が本当に知らなかったとするならばアパートのオフィスはこの点でもいい加減です。もうどうなってるんだ、アメリカは!(←短絡的な一般化)。
明日提出の政治行動のペーパーがまだ一枚も書けていません。締め切りまで20時間です。留学されている他のみなさんも、こんなもんですよね!?。まじでがんばらないと。
それはそうと、テキサスは本当に暑いです。むかつきます。10月の初旬に急に寒くなって、なんだテキサスも大したことないなあ、と少しは、ゆく夏を惜しむ気分になっていたのですが、その後、気温はぐんぐん上がり、現在では日中30度に手が届くかという感じです。しかも気分はもう冬だと思っている分、暑さが身にしみます。心なしか夏の暑さよりも蒸し暑く、不愉快です。もういいかげん涼しくなってくれー。
11月9日(金)の夜
今日提出した政治行動のペーパーですが、あまり良い出来ではないと思います。でもこれは準備不足とか時間が無かったとかではなく、テーマの選び方が悪かったようです。まあその意味では悔いはありません。とにかく昨日は2時間しか寝てないので眠いです。おやすみなさい…。
11月10日(土)の夜
昨日、授業の登録変更をしました。結局、「世論と投票行動」(Public Opinion and Voting Behavior)、「ゲーム理論」(Game Theory)、「政治学における統計分析 II」(Statistical Analysis in Political Science II)の三つです。まさに数学漬け…。でもこれこそ僕が望んでいた環境です。がんばって勉強しないと。
それと昨夜、寝すぎたためか変な夢を見ました。殺人で懲役くらって刑務所に入る夢。妙にリアルで怖かったです。いつか映画で見たシーンでも思い出したかな。
11月11日(日)の夜
僕はやばいくらい趣味が無いのですが、それでも以前は少し好きだったことがあります。それはカレッジものの古着のスウェットを「見る」ことです。良いものは結構値段が高いし、おカネが無いので、「買う」のは本当にたまにしかできません…。でも少ないながらいくつか持っていました(MICHIGAN STATE、OHIO STATE、HARVARDなど)。以前、少しブームみたいになったとき街中に結構、MITだのUCLAだの着た人がいたのを覚えている人もいると思います。まあ僕もその流行に流されていたということです。このこと自体別に悪いことでは無いと思います。ただ後の方になって気になってきたことがありました。それは、「この大学の関係者(スポーツチームのファンも含む)でも無いのに着ていていいのだろうか?」ということです。それでいつしか、「自分の大学のスウェットが着たい!」と思うようになりました(ただし"DOSHISHA"とかじゃないですよ、アメリカの、です…)。昨年の夏、ミシガン大学に行ったときにはそこらじゅうにシルバーグレーのチャンピオンのリバースウィーブのスウェットにスクールカラーの紺で"MICHIGAN"と書いたのが売っていて(しかも安いのは10ドル!)、胸をときめかせたのを覚えています。でもそのときは「ミシガンは今のところ僕の大学ではないんだ、ここは我慢しよう。来年受かったときに堂々と胸をはってその大学のスウェットを着よう!」と心に誓いました。そして約1年後―僕はテキサスに来た訳ですが…かっこいいスウェットが無い!。僕が欲しい理想のスウェットはすごく特定されていて、シルバーグレーのチャンピオンのリバースウィーブ(綿90%、ポリエステル10%)のMサイズ、そこに"TEXAS"もしくは"UNIVERSITY OF TEXAS AUSTIN"とあるやつです。ロゴがスクールカラーだとか、染め抜き加工だとかそこまで贅沢は言いません!。でも無いんです!。売っているスウェット類はみんな、"FRUITS OF THE LOOM"とか"RUSSEL ATHLETICS"とかのしょぼいやつで、色はグレーかスクールカラーの褪せたオレンジ。ロゴもマニアの気持ちを逆なでするかのように、アップリケみたいのが「貼り付け」てあります。せめて、せめて、ラッセルのシルバーグレーのベースにロゴが「印刷」されたやつが欲しい…。というわけでこのところ毎週、UNIVERSITY CO-OPに通っては新しいのがでないかチェックしているという次第です(結構、新しいのが入荷されてくる。ちなみに「チャンピオンは無いですか?」と聞いたのですが、「無い」と言われた。でもアメリカのことだからきっとあてにならない)。テキサス大学に来て後悔したことは今のところあまり無いのですが、これは悔しいです。ミシガン大学がうらやましい…。
ちなみに昨年だったか、ナイキとかチャンピオンの大手スポーツメーカーのメキシコなど途上国の苦汗工場での生産が現地の労働者を不当に搾取している!ということで、一部学生による不買運動があったそうですが、この影響でしょうか。でもナイキのは少ないながらあるしなあ。それに「全米一ビジネスに適した土地=労働者が最も未組織」なテキサスに限ってそんなことないと思うのですが。あとやはり気候も関係あるのかもしれません。もう11月になるというのに今までに、日中スェットを着て外を歩いて暑くなかっただろう日は多分10日もないと思います。たいがいTシャツ一枚で過ごせます。どうりでCO-OPはTシャツの種類は充実しているはずです。
それとこの前、"HARVARD"と書いたTシャツを着た学生を見ました。でも何か変です。そのハーバードのロゴがハーバードのスクールカラーである臙脂色で描かれているのではなく、テキサスのスクールカラーの褪せたオレンジで書かれてあるのです。これはミシガンでもミシガンバージョンを見たことがあるやつで、そのときそこにはこう書いてありました"HARVARD THE MICHIGAN OF THE EAST"(ハーバード、東のミシガン)。つまりハーバードの学生がミシガン大学は優秀だから、それにあやかって作りましたという、ジョークのTシャツです。ミシガンくらいが作るのだったらまだ良いかもしれません。でもテキサスとなると…卑屈なだけ?。きっとそこには"HARVARD THE TEXAS OF THE NORTH EAST"とあったに違いありません。これを日本に例えて言うなら、同志社のスクールカラーである紫で「早稲田 東の同志社」と書いてあるTシャツを同志社の学生が着ているのと同じです。ああ恥ずかしい!?。
11月12日(月)の夜
ニューヨークで飛行機事故があったようです。これがテロでないことを祈ります。
今日で比較政治の毎週のエッセイを提出するのは終わりです。今日の結果は「2」。8回提出があったうち点数の良い7つをそれぞれ10%として、合計70%分の評価となります。1−3の採点はそのまま機械的にA-Bには換算されないそうです。僕の成績は1が2回、2が5回となります。他の人の点数がどうなのかよくわかりませんが、せめて平均ぐらいはあってほしいものです。ちなみにこの前、グラデュエイト・アドバイザーの先生に聞いたところ、3つのクラスのうちAを2つとれば、来年のTAがまあ、もらえるだろうとのことでした。Aが1つでも可能性はまだある、とのことですが。とにかくファイナル・ペーパーをがんばらないと。プレッシャーです…。せめてあと一つ「1」が欲しかった。
今日読んだ本はJack Snyder. 2000. From Voting to Violence. でした。この本も前のと同じく理論の方は素晴らしく…などと思っていたのですが、どうやら理論のところもやばいらしく、そのところを批判できてなかったのがエッセイの点が低かった理由だと思います。話の筋としては、アメリカの民主化政策に一つの根拠を与えているのが、デモクラシーの国どうしは戦争しないという「民主的平和論」だが、民主化の過程ではかなりの確率で内戦が起こりうる。それは民主化に危機感をもつ体制エリートがナショナリズムを煽ることで自分たちの利益を守ろうとするからだ、というものです。新しく民主化し始めた国において民族紛争が起こりやすいのも、各民族内のエリートがナショナリズムをかきたてるからで、以前の権威主義体制で押さえ込まれていた民族主義が民主化によって一気に爆発するからという従来よく言われる説は誤りなのだそうです。で、著者は内戦無しに民主化を進める方策として、エリートの利益に沿った形で民主化を進める、要するにエリート自体に民主化を推進させる、リベラルな体制を作らせるインセンティブを与えることを提案します。この考えにおいては場合によっては人権弾圧をした旧体制のエリートでも無罪放免にするのが得策だということです。まあ、このように話は結構面白いのですが、エリート、ナショナリズム、民主化の定義があいまい、仮説が無い、時間的地理的に激しく横断していてケースの選択に問題がある(フランス革命もあれば、ドイツのワイマールもあれば、現代のスリランカもある)、宗教という変数を全く無視している、解決法が実行不可能であるなど数々の問題があるようです。ただこの本は先生によるとアカデミズムに向けて書かれた本ではないだろう、とのことです。つまり一般読者向け。
で、来週は読むのはハンチントンの有名な『文明の衝突』です。今回のテロが起こる前からこれは決まっていたのですが、奇しくもタイムリーな読み物になりました。僕はハンチントン自身は必死で否定していますが、今回のテロはハンチントンの言う「文明の衝突」だと思います。でも来週はエッセイの提出はありません…。
11月13日(火)の夜
今日の政治行動の授業では、政治心理学の深い、そして不毛な森に迷い込んでしまっています…。今日読んだ論文の一つに、George E. Marcus and Michael B. Mackuen. 1993. "Anxiety, Enthusiasm, and The Vote: The Emotional Underprimings of Learning and Involvement During Presidential Campaigns". AmericanPolitical Science Review. というのがあるのですが、この論文では不安、熱狂という感情がいかに有権者の政治行動に影響を与えるかということが論じられています。政治(社会)心理学の分野では人々の情報処理のプロセスとして大きく、認識(cognition)によるものと感情(emotion)によるものとの2つが考えられています。
認識のプロセスにおいては人々は情報を受容し、それをスキーマと呼ばれる情報処理の機構を通じて関連付け、意味付け、最終的にそれについての判断を下します。例えば「大きな政府が良いか、小さな政府が良いか」という問題について人々が何らかの意見をもつ場合、まずそれに関する情報を本、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスメディアや仲間内からの会話から受容します。そのようにして得られた「大きな政府を続けると財政が破綻する」、「大きな政府を廃止すると貧しい人々が路頭に迷う」などの情報をある人は、財政破綻→税金が高くなる→大きな政府反対、ある人は貧しい人々→人権保護・最低限の生活保障→大きな政府賛成などと各人のスキーマによって様々な価値を含んだ情報と関連付け、それぞれ判断を下します。つまりスキーマが違えば同じ情報を得ても結論は違うわけです(例えば「社会党=アカ!スキーマ」と「社会党=弱者の味方スキーマ」の違い)。こうした認識の過程は当然、人々によって異なります。というのも例えば教育程度や知能の差によって、おのずと受容、そして理解できる情報の質、量が変ってくるからです。そこでしばしばそうした情報不足を補うために、ヒューリスティクスというショートカットが用いられます。このヒューリスティクスにおいては情報のかわりに例えば、義務感、代表性、確率論、など様々なものが使われます。義務感ヒューリスティクスにおいては例えば、「確定申告で税金を正確に報告すべきか」という判断を下す場合、本来なら「それがバレる確率」に関する情報によって判断するのが本来ですが、その情報が手に入らないため、代替として義務感を用い、つまり義務感が高い人ほど、「正直に申告すべき」と判断を下すわけです。
それに対して、感情のプロセスにおいては、例えばゴアかブッシュのどちらに投票するかを決める場合、「ゴアがどんな政策を主張してるのか知らないけど、なんかロボットみたいで怖いー」とか「ブッシュがどんなことを過去にしてきたのか知らないけど、猿みたいで頭悪そうで不安…」とかの感情で判断するのです。
で、やっと本論に戻って、この論文では、政治学習と政治関与を説明するのに不安と熱狂という感情を独立変数として使っているのですが、感情のプロセス自体の独立した影響を見るために投入する、認識のプロセスを代表する統制変数の一つに、教育程度、知識、政治関心などと並んで「感情ヒューリスティクス」(the affect-heuristics)というがあるのです。つまり情報不足を補うために判断において感情を利用する、ということ?。先ほど説明したように確かにヒューリスティクスは認識(cognition)の一種として分類されています。しかし、実際上、この「感情ヒューリスティクス」(the affect-heuristics)と「感情プロセス」(the emotional process)との違いは一体何なのでしょうか?。日本語に訳すと同じ「感情」ですがこのaffectとemotionの英語の違いに何かヒントがあるのでしょうか?。それで授業中、先生に質問したところ、「うーん、難しい質問だ。つまりそれは何をemotionと考えるかによって、変りうるんじゃないかなあ。」という何とも曖昧な答えです。でも確かにこれ以上の答えは無いでしょう。ていうか、どうでもいい?。そう、どうでもいいんです、実際!。こんなことで一々悩んでたら頭がおかしくなりそうです。つまり政治心理学にはあまり深入りしないのが賢明だということです。くわばら、くわばら…。
(―とここまで書いて、ふと思いつきました。affectは「情動」とも訳せるようです。つまり「情動ヒューリスティクス」と「感情プロセス」の違い。前者が義務感などと同様、外部からの影響無しに心の内なる情動に尋ねるのに対して、後者は一応、外部にある何かを見て、それに対する感情で判断する…。でも外部の影響を受けない情動なんてあるか…?。あったとして実際的に区別できるか?。ほら、やっぱり不毛だ!。)
ほとんどの人が興味無いと思うのに、長々と書いてすいません。おかげで整理できました…。あ、それと論文での結果ですが、不安は政治学習に結びつき、熱狂は政治関与を高めるそうです。
11月14日(水)の夜
今日は「ジョブ・トーク」を見に行ってきました。現在テキサス大学政治学部ではラテンアメリカ政治の助教授を募集していて、その応募者たちがここ何週間の間、面接を兼ねて自分の研究のプレゼンをしに来ているのです。週に2,3回あるのですが、今まで僕は1回も行ってませんでした。今回、ジョブトークをしたのはUCバークレーのPh.D.候補生の人で、テーマはメキシコの政党政治。話の筋としては、ダウンズの空間理論においては、完全な民主主義の仮定があって、各政党の有権者に対するavailabilityは同一である、つまり各政党の有権者に自分たちの政策を伝える能力は同じであると想定されているが、現実にはその能力は政党間で異なる。政策(イデオロギー)空間において各政党は中位投票者の票をとるべく、真ん中に収斂すると考えられるが、実際的に支配的な政権党が一つあって、なおかつ他の野党が有権者に働きかけるリソースが明らかに劣っている場合、野党は政策空間の真ん中ではなく極端に走る、というものです。この説をメキシコ政治に当てはめてプレゼンを行っていました。質問の時間では教授陣からどんな厳しい質問があるのか、とドキドキしていたのですが、大して激しい質問は無く、テキサスで空間理論といえば…のE先生とH先生はプレゼンの途中にこそ、ごにょごにょ2人で話していたようですが、質問の時間になると手短に感想を述べて早々に退席してしまいました。他の傍聴者も教授陣を含めて、30〜40人は最初いたのが、最後質問の時間が終わる頃には、僕を入れて6人くらいになっていました。だから最後の拍手もまばら…。これはどういうことなんでしょうか。彼のプレゼンがあまりに完璧すぎて誰も批判できなかったのか、それともあまりに面白くないので、批判する価値なし、と見捨ててしまったのか…。残念ながら僕自身、まだそのプレゼンの良し悪しを判断する能力が無いので、真偽の程はわかりません。
11月15日(木)の夕方
雷雨です。昼間だと言うのに厚い黒雲が空を覆い、薄暗く不気味ですらあります。雷もすごい。9月の初めにも大雨がありましたが、これほどでは無かったと思います。まあいずれにせよテキサスの天気は極端です。内陸だからでしょうか。降るときは降る、振らない時は降らない。これは量だけでなく、期間についても言えるようです。つまり一旦晴れるとなかなか雨が降らないが、逆に一旦雨が降るとなかなか晴れない。9月初旬の雨は約1週間続きました。今回は…、と思ってYahoo! Weatherでチェックすると…。
んなばかな…。しかも"Rainy"ではなく、"Thunderstorms"というのが泣けてきます。オースチン在住のみなさん、がんばりましょう!?。でも、テキサスの天気予報は当たらないのでも有名です。というか天気が変りやすく予測しにくい。だからある人に言うには、テキサス以外の地域でも天気予報が当たらなかったとき、「あの天気予報士はテキサス出身かなあ」などとジョークを言うそうです。今回もこれに期待しましょう。
11月16日(金)の夜
昨夜の暴風雨はすごかったようです。テレビでは結構報道されていたようですが、僕は全く知りませんでした。というのも昨日の晩はルームメイトとその彼女がテレビのあるリビングを占領していて部屋から出るのもはばかられたからです(最近彼女を見ない日の方が少ない…)。なので、ただの大雨だと思ってました。川が氾濫して床上浸水が出た上、トルネードがオースチン近辺に7つ発生して、荒れ狂ったそうです。UTも今日の午前中は全ての授業が中止、僕が今日大学に夕方少し行ったときでも、いつも使っている道路が倒木でふさがっていました。あちこちで木(しかも結構大きな木)が折れたりの被害が出ていました。昨日の日記でも紹介したとおり、この状態はまだ数日続くようです。何なんだこの極端な気候は!。
で、話は変わって、今日、外部のレビュアーによる先日の「エクスターナル・レビュー」の結果報告書が学部長よりメールで配信されて来ました。内容は、なかなか厳しいもので僕の知らなかったダメな点とかがかなりありました。中にはここに書けないようなこともありましたが、だいたいはまあどこの大学でも同じようなことを抱えているのではと思われる問題でした(例えば、いつまでも退職しない老教授、学生のニーズよりも教授の関心で内容が決まる授業、教授間のコミュニケーションの無さ、学部全体としての方針の無さなど)。ただ、お金の問題はかなり深刻のようです。学部生が多いためTAのポジションはかなりあるものの、その給料は他大学と比べて数千ドル低いのだそうです。教授の給料もまたしかり。提言として、とる大学院生の数を減らして、TAは他の学部(哲学、ロースクール、公共政策など)から借りたら?と書いてありました。院生の財政援助も、入学者全員に最低4年間の年15,000ドルを保証しろということです(でもこれって有名私立大学の基準じゃ…!?)。で、総括として「テキサス大学」という名声、使用できるリソースの割にはダメな学部だということでした(←実際にはもっと慎重な言い回しですが、だいたいこういうこと)。あと、驚いたのがファカルティー40人のうち女性はたったの4人で、2人のアジア人を除くと後は全員白人で、黒人、ヒスパニック系はゼロということでした。テキサス=保守的というステレオタイプはあんまり関心できませんが(とはいえ僕も良く使う…)、やはりそうなのでしょうか。
まあでもこれからこの学部はどんどん良くなるんじゃあないかという気がします。現在の学部長、グラデュエイト・アドバイザーはかなり学部改革に熱心で、彼らならやってくれる気がします。こうやってかなりネガティブなことが一杯書いてある「結果報告書」を学生にメールで配布するあたり、なかなかできることでは無いと思います。いずれにせよ、ここで勉強ができて幸せだー!と思える学部になってほしいものです。
11月17日(土)の夜
このところ生活パターンの「改悪」に取り組んでいます。今まではせいぜい夜12〜1時に寝て朝7時に起きるという規則正しい生活をするようにしていたのですが、これだと夜寝付けず、朝というか日中眠いなど、非常に苦しいのです。そこで、夜中3時就寝、7時起床、朝食、二度寝、11時起床という訳のわからんパターンを試みています。このメリットとしては夜寝つきが良い、二度寝が気持ちいい、日中もあまり眠くならずにすむなどがあります。問題点としてはやはり不自然さでしょう。過去何度かこのような不自然な生活リズムを意図してやったことがあるのですが、上手く行ったためしがありません。短期的には良くても、長期的にはあまりよろしくないようです。とりあえず今はこれでいい感じなのでしばらく続けます。だいたい良く考えたら授業は全部午後と夜なんだから朝早く起きる必要無いし…。
あと、常々思うことなのですが、留学生の中では日本人って他の国からの人に比べて貧乏な気がします(特に学部生。MBAの人は例外)。多分これは、日本は比較的豊かなので、フツーの家庭の人でも留学できるのに対し、他の発展途上国の人は家が相当豊かでないと留学なんてできないという事情によるものだと思います。結果、アメリカの大学には発展途上国の金持ちの子息と日本の普通の家庭の人がいる、と。ここでも何回か書いた、夏の寮で同じスイートだったインドネシア人の学部生ですが、彼らは現在も一緒に住んでいるのにもかかわらず、2人とも車を持っています。しかも新車のいいやつ。それぞれ1万ドル、1万5千ドルしたそうです。こんなの日本人の感覚からしても高いです。一人の親は国でスニーカーなどスポーツシューズのゴム底を作る工場を経営をしているそうです。彼の買った車はその工場で働く労働者の収入何年分なんだろう?。
11月19日(月)の夕方
いきなり寒くなりました。現在気温、摂氏13度。自転車に乗っていても手がかじまみます。昨日までは余裕でTシャツやったのに、やっぱ極端な気候です。天気予報によると明日は最低気温3度、あさっては0度になるそうです。僕としてはうれしいです。もう夏の格好には飽きました。
全然関係ないですが、アメリカのホッチキスは最悪ですね。デカイ割には全然とまらない。日本のコンビニで250円で買えるやつよりも性能が悪い。学部のコンピュータ室にあるホッチキスはなんと電動です。紙を入れると自動的にそれを感知して、ガッチャン、と。でもとまり方は最悪で、だいたい狙いも定まりません。それにそもそもなんで電動にする必要があるのかもわかりません。これで性能は日本からもってきた僕の300円のよりも劣っていると…。ホッチキスは絶対に日本の方がいい!。
11月20日(火)の夜
昨日に引き続いて今日も寒いです。夜の10時現在で気温は摂氏2度。明日の明け方は一応、予報では最低気温0度ですが、氷点下までいく気がします。でも、気持ちいいー!。
今日は火曜日。例によって長くなります…。
この前ここに書いた「エクスターナル・レヴュー」の報告書ですが、学部内を揺さぶっているようです。学部についてあまりにもネガティブなことが書いてあったので、大学院生に動揺が走り、教授たちが必死にフォローしようとしているようです。特に問題になったのが「多くの教授たちは、学部の大学院生たちに誇りをもっていない」という文面のようです。昨日の比較政治の授業(先生は学部長)でも、今日の政治行動の授業でも授業時間の相当を割いて(各1時間くらい)、報告書についての議論がもたれました。先生たちは「ここに書いてあることは大筋事実だ」と認めながらも、今後はどんどん良くなっていくし、実際、すでに目に見える形で動き出していると主張します。「多くの教授たちは、学部の大学院生たちに誇りをもっていない」ということについても、確かに少しはそういう教授もいるが、この報告書では彼らの態度が過大に代表されている、多くの教授はそんなことはない、とのことです。また、比較政治の先生からは、報告書の中でほのめかされている過去の大紛争について、「何があったのか」という学生の質問に答える形で、説明がありました。それによると1980年代に合理的選択論者と左翼学者の間で、学問の方法論をめぐって凄まじい争いがあったようです。そこで多くの有能な教授は嫌気がさして職を辞したり、その紛争の後はしばらく数年に渡って「Department of Government が"ungovernable"」になって、大学からの介入を受け、他の学部から学部長を派遣されると言う状態がしばらく続いたのだそうです。そういう時代が終わってからも、火種はくすぶり続け、いつしか教授たちは争いが再発するのを防ぐべく、お互いに関わりあわなくなり、意図的に接触を避けるようになったそうです。で、先生によるとこの争いは純粋に「学問」を巡っての争いだったそうです。「お金」とかそういう俗世間の価値はここには無かった、なぜなら「そんなリソースは無いからねー」とのことです。もちろん紛争は良くないことですが、それにしてもすごい話です(教授たちの学問的熱意が)。でも、僕は今回のことで、失望したというよりも、希望をもちました。というのも学部長も、グラデュエイト・アドバイザーも大変正直に全てを院生に対して答えてくれ、彼らの学部改革にかける熱意が感じられたからです。具体的なプランもいくつか披露されました。案外、このエクスターナル・レヴューをテコに一気に改革を進めようと言う意図が最初からあったのかもしれません。これも紛争の一種?。まあ学内政治の一つであることは確かですね(「改革の過程では激しい抵抗も予想される」というどこかで聞いたような言葉も学部長から聞かれましたし…)。それにしても、いくら日本語で書いているとはいえ僕はこんな話をここに書いて良いんだろうか…!?。まあ裏話とか、内緒の話ではなく、堂々と聞いた話だから…。それとグラデュエイト・アドバイザーからは、学生を励ます意味で、「OBのメッセージ集」なるものがメールで送られてきました。これは今回の事態を受けてわざわざ作られたもののようで、「UTは素晴らしい!」ということを、現在はデューク、ミシガンステイト、オハイオステイト、イリノイなど比較的有名な大学の先生をしている10人くらいのOBが力説しています。これもフォローの一種。
で、授業の中身ですが、昨日の比較政治ではこの前も書いたとおり、Samuel P. Huntington, Clash of Civilizations and Remaking of World Order.を読みました。この本については各所で語られ尽くされているので、今更という気がしますが、少しだけ感想を書くと、この本ではアジア地域について、「今後の中国の強大化が政治的不安定要因となる」、「アジアは4つの文明(中国、ヒンドゥー、イスラム、日本)が接しているところだから、将来の紛争が最も懸念される地域の一つである」という主旨のことが語られていますが、まず第一に前者は、欧米に昔からある「中国=眠れる虎」論の焼き直しである、つまり一種の西洋人のもつ固定観念に由来するものである、そして第ニに後者は「アジアを分断し、支配する、というアメリカの政策」の反映である、ということが言えるのではないかと思います。特に後者についてはアジアを不当に「混沌」と見るものだと思います。もちろん日本人は中国人とは違う!という意識をもっていると思いますが、それは同じ西洋文明として語られる、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアなどの国でも同じことです。逆に例えば西洋文明としてくくられるところのアメリカとルーマニアよりも、別文明とされる日本と中国の方が関係が近いかもしれない。また世界の紛争の見方として、例えば「国益の衝突」、「イデオロギーの衝突」など様々な見方があると思いますが、それよりもさらに上位にくる見方としてハンチントンは「文明の衝突」を提起します。多くの人はこれを「宗教の衝突」のことを言っているのだと言います。でも結局僕が思うに、冷戦後の世界は「人種の衝突」ということなのでは、と思います。結局、肌の色とか髪の毛の色だとか自分に見た目が近いもの同士が親近感を覚え、結束するということなのではないでしょうか。ハンチントンが「文明の衝突」で説明する事例も多くの場合、これで説明できる気がします。まあこれ(人種)を言っちゃあ、おしまいなんですけどね…。
それと今日の政治行動の授業ですが、テーマは「多数候補者の選挙における投票」ということで、アメリカの予備選挙、ドイツの政党制、台湾の市長選挙における「戦略投票」(自分の最も好む候補者が当選する確率が低い場合、票を無駄にするのを嫌って、当選確率の高い次に好きな候補者に投票すること)に関する本と論文を読みました。でもここはアメリカだけあって、話は予備選挙のことに集中し、アメリカ政治専攻の学生たちが、「○○年の民主党の予備選挙で立候補した××は…」みたいな、「そんなん知るかー!」的な、なんともマニアックな話で盛り上がり、僕みたいな留学生が口を挟む余地なし。やはりアメリカ人の学生相手にアメリカ政治で対抗するのはかなりきついことだと思いました(「アメリカ政治」の専攻にしなくて良かった…)。で、結果授業が終わって帰ろうとすると、先生に呼び止められ、「タケシ、今日は発言しなかったけど、あんまり理解できなかったのか?」などとわざわざ聞かれました。最初、何のことか分からなかったのですが、これは僕が普段はよく発言するのに、今回はしなかったからどうした?、つまり僕が「積極的に発言する学生」と先生に認識されている証拠、と良いように解釈しましょう!。現に他の全く発言しない(普段もしない)留学生は何も聞かれていなかったし…。でも来週のテーマは「政治参加」。普段、「専門は?」と聞かれて回答に困ることの多い僕が、唯一「投票行動」と並んで、かろうじて自分の専門(?←それでもまだ保留つき)として答えられる気がする分野です。ばりばり準備して、来週は発言しまくって一花咲かせてやる!。ヴァーバの本と関連論文を読みます。
それとこの前のペーパーが返ってきました。結果はなんと「A-」!。この前みたいに「A-/B+」ではありません。まあみんなこれくらいもらってるんだろうと周囲に探りを入れてみると(←自分が少し良いからといって、典型的な嫌なヤツ)、そうでもない様子。正直、「B-」くらいは覚悟していたので、この結果には驚きです。現に今回のペーパーが悪くてもファイナルペーパーに響かないように心の準備をしていました。このペーパーでは前にも言ったように、「政治心理学の深く、不毛な森」に迷い込んで、道筋をつけてきたつもりだったのですが、それが正しい道筋だったのか深く疑問だったのです。一応、そんなには間違ってなかったようです。これで俄然、ファイナル・ペーパーのやる気が出てきました。もしこれが全然だめだったら、ファイナルペーパーは完全に違うことをしなければならないなあ、と思っていたのですが、これでファイナルペーパーの半分くらいは、最初のペーパーと今回のペーパーをくっつけてリバイズすることで書けそうです。
最後、航空券についてちょっとしたトラブルがありました。昨日、夜帰宅すると、旅行社から留守電が入っていて、「大阪のフライトがキャンセルになって、成田のみになりました」ということでした。どういうことかと思って今日電話すると、「行きは変更は無いが、帰りは1月8日で大阪→ダラスのアメリカンの直行便が廃止になったため、成田からの出発になる」ということでした。大阪(伊丹)→羽田の国内線はタダでつけてもらえるそうです(これは当然)。羽田→成田は自力だそうですが。やはりこれはテロの影響で乗客が減った影響でしょうか?。最近の情報ではオースチン―日本の往復で航空券、$448〜まで値段が下がっているようです。多分、僕以外でも影響を受けている人がいるんだろうなあ。
長文失礼。
11月21日(水)の夜
サンクスギビングということでアメリカ人学生は実家に帰ってしまったのか、キャンパスには人影がまばらでした。スターバックスに行ったのですが、「日本にある外国人のよく来るカフェ」ぐらいの勢いで日本人がたくさんいて、男女入り乱れて大声で日本語でしゃべっていて何やら楽しそうな様子。でも残念ながら僕の知っている人は一人もいませんでした。このスターバックスに日本人が多いのはどうも、近くに私立の語学学校があってそこに日本人が結構通っているからのようです。ああ、僕も仲間に入りたい!!!。
で、その後、学部に少し行きました。すると昨日の政治行動のペーパーの採点に文句を言っている学生がいます。いわく「おれはあの先生が嫌いだ」、「彼は授業の準備を全然していない」、「ディスカッションのリードを学生に任せっぱなしにしている」など。結果、「やる気がでない」=「だからペーパーの点が悪い」ということのようです。彼に限らず、今までの経験から少し思うのですが、アメリカ人の学生or極論を言えば日本人以外の学生というのは、よくこういうことを言う傾向があるような気がします。つまり点数が悪いのを自分のせいではなく、他人(とりわけ先生)のせいにしたがる気がします。僕なんかの場合だと、小さい頃から「優等生」で従順な子羊、教師の手先のように育てられてきているので(←勉強ができるということではない)、悪い点数をとっても、それを教師のせいにする、なんてことははっきりいって思いもつきません。「ああ、僕が勉強しなかったのが悪いんだ…」と全部自分のせいにして、一人落ち込みます。というか、批判精神があまり無いようです。基本的に「上の人」言うことは素直に「正しい」と信じて、すんなり受け入れる方だと思います。今までも他人が教師の批判をしているのを聞いて、初めて「そういわれてみれば…」と思ってきました。で、どうなんでしょう?。学問をする人間としてはやはり、前述のアメリカ人学生のように教師を批判し、開き直るくらいの方が良いのでしょうか?。もしこれを批判精神というのならその方が良い気もします。でもただの自己弁護という気も…。
11月22日(木)の夜
今晩はサンクスギビングのパーティに行ってきました。学部の先輩のパーティと日本人中心のパーティとの2つに誘われていたのですが、ハロウィーンには学部の方に行ったことだし、今回は後者のパーティにお邪魔させて頂きました。主催者は8月の下旬のときと同じで、UTでコンピュータサイエンスのPh.D.をとって現在はオースチンのIBMで研究員をされている方です。自宅のオーブンで焼かれている七面鳥が大きくてびっくりしました。あんなに大きいものだとは思ってもいませんでした。他にも数種類のパイがあるなど、「サンクスギビング!」というかんじでした。ただ、「チェリービーンズ」はありませんでした。僕の考えだとチェリービーンズは確かサンクスギビングの食べ物だったような、と思うのですが、地域によるのでしょうか(←文句を言っているわけではないですよ…)。東海岸しかない、とか。参加者はこの前ここであったパーティと同じで、学生半分、コンピュータ関連で働いている人半分といった具合でした。中にはプレステ2の開発にかかわったソニー・コンピュータ・エンターテイメントの方がおられて、それをやっていたころは「人間らしい生活をさせてもらえなかった」とおっしゃってました。そんなのに比べたら今の僕の生活はまだまだ甘いんだろうなあ…。まあ何にせよ楽しいパーティでした。明日はファイナルペーパー書きがんばるぞー!。
11月23日(金)の夜
ここにも何回か書いたとおり、僕は本当に趣味がありません。音楽もまたしかり。小さい頃からほとんどCDとか買ったことが無いし、ふだんも聞きません。まさに「音楽の無い生活」。でも勉強していてたまーに何か聞きたくなるときがあります。といってもCDプレイヤーなんてもってないので、パソコンでヘッドフォンをして聞きます。曲は同志社の院にいるときに研究室の自分の机のLANで今は無き(←?)ナップスターからダウンロードした曲ばかり。しかもそれらは当時”イタイ”曲として同級生と「ウヒャウヒャ」笑いながらネタでダウンロードしたもの。例えば、松崎しげる「愛のメモリー」(美しい人生よ〜、ってヤツです)、布袋寅泰「スリル」(江頭2:50のテーマです)、河村隆一「I love you...」(隆さまワールドの真骨頂)、氷川きよし「箱根八里の半次郎」(やだねったら、やだねっ)、大泉逸郎「孫」(なんでこんなにかわいいのかよ〜)、CCB「ロマンチックがとまらない」(青春エロドラマの名作「毎度おさわがせします」のテーマ)など。…もっとマシなのをダウンロードしておくんだった。今ではこれらの曲を聴き飽きるほど聴き、全てカラオケで完璧に歌いこなす自信があります!って何の自慢にもならない…。
11月25日(日)の昼過ぎ
結局、二日間寝込んでしまいました。まだまだ時間はあると思っていたペーパーも気付けばそんなに余裕はありません。気合を入れなおさないと。で、今日は午後から久しぶりに図書館にパソコンをもちこんでやっています。いちいちトイレに行くのにも荷物をまとめてもっていかなくてはいけないのが面倒くさいです。あとインターネットが快適すぎて、勉強ができません!。
寝込んでいる間、よく飲んでいたのが「ルート・ビア」。1日3本くらい飲んでました。「ビア」といってもアルコールではありません。炭酸飲料です。日本にいるときは名前くらいしか聞いたことがなかったのですが、こちらでは(少なくともテキサスでは)メジャーです。でもこれ、留学生の間ではすこぶる評判が悪いシロモノです。代表的な評判が悪いアメリカの飲み物といえば、「ドクター・ペッパー」ですが、実はルート・ビアとドクター・ペッパーは親戚みたいなものなのだそうです。ともにテキサス生まれ、しかもオースチン近郊の町だそうです(「ドクター・ペッパー記念館」なるものもあるらしい)。僕もこのドクター・ペッパーは初めは苦手でした。最初に飲んだのは中学3年の修学旅行で東京に来たとき。今でもそうだと思いますが、ドクターペッパーは関東限定で売られていて、関西では買えません。そこで事情通でうれしがりな友人が1ダースとか買ったのを分けてもらって飲みました。そのマズさといったら…。これを1本飲める人がいるのかなあ、と思ったのを覚えています。で、2回目に飲んだのは去年の夏のミシガン。一緒に昼を食べる人ができるまでの最初の約10日間は毎日昼食に一人でドミノピザのコンボを食べていたのですが(それが一番安い)、アメリカでしか飲めないドリンクを、と思ってドクター・ペッパーを頼んでました。最初は当然まずいのですが、飲んでるうちにヤミツキになり、その後はドリンクを選ぶ場面では必ずドクター・ペッパーを頼むようになりました。で、問題のルートビアですが、これはテキサスに来てから初めて飲みました。最初は珍しがって飲んでいたのですが、友人に「ドクター・ペッパーを好きなやつはルート・ビアも好きなはずだ」と言われ、その気になって飲んでいるうちにはまってしまいました。今では常にルート・ビアの缶が冷蔵庫に入っていると言う状態です。これはテキサスだけなのかもしれませんが、ルート・ビアにも色々な銘柄があって、それぞれ味が微妙に違うようです。もちろんダイエット・ルート・ビアもあります。なかなか奥が深いようで、こっちにいる間に極めたいと思っています(めざせ、日本におけるルート・ビアの第一人者!)。ただ、ルート・ビアに関して未だにいただけないことが一つあります。それは…、普段使ってるハミガキと同じ味がするんです!。
ちなみに、ドクター・ペッパーのペッパーは「とうがらし」の意味ではなく、人の名前だそうです。ドクター・ペッパーの生まれた町の町医者の名前。
11月26日(月)の昼過ぎ
昨夜も結局4時くらいまで眠れませんでした。まあ朝起きるのが遅いから仕方ないのかもしれませんが。で、今朝とりあえず10時に起きてメールをチェックすると何か怪しげなファイルが添付されたメールが5通あります。一つを選択してみると、「このメールにはウイルスが含まれている可能性があります。開けますか」というメッセージが。もちろん「キャンセル」。そして他のメールをみると一つ、普段は交信の無い知人からのメールが入っていました。それによると、彼のパソコンが”W32/Alz”というウイルスにやられてしまって、アドレス帳にあるアドレス全てにウイルス付メールを送られてしまったとのこと。対処法が書かれていました。その彼の情報によると、添付ファイルを開けなくても、メールを開くだけで感染するそうです。えっ、僕は大丈夫なのか!?。キャンセルしたけど…。あといくつか疑問があります。勝手に送られたメールは「送信済みアイテム」に入れられるのでしょうか(つまりどこに送られたか確認できるのか)。またメールソフトを起動して無くてもインターネットにつながれている限り、勝手にメールが送られるのでしょうか。まあ僕のこのインターネット環境では仮に感染していたとしても1通送るのに10秒はかかるので、そんなにたくさん送られることは無いとは思いますが…。ということで、もしこれを見ておられる関係者で、水口から変なメール(除:セクハラメール)が届いたとかいうのがあれば、ご一報下さい。
ちなみにウイルスに感染した彼は、東京のK大の政治学の博士課程の学生さんです。きっとアドレス帳には大物も含む先生方のアドレスもたくさんあっただろうに…。まいってるに違いない。実際、彼に対する怒りなんかは全く無く、同情の気持ちばかりです。ネットをしてる以上明日はわが身かもしれないですし…。
11月27日(火)の夜
…寒いです。木曜から昨日まではまた、むかつくくらい暑くて、ルームメイトもクーラーをかけていたくらいなのですが、現在気温は3度。明日は予報によると最高気温2度、最低気温1度。あさって、しあさっての最低気温はなんと氷点下となっています。でも室内は暖房もしないのになぜだか暖かいです。やはり建物の「つくり」でしょうか。そういえば、同志社の院の研究室があった博遠館(「博」士が「遠」のく「館」)もこんなかんじで、冬でも暖房なしでも結構暖かかったのを思い出した。
昨日は比較政治の授業はお休みでした。というのも、サンフランシスコから学部の最大のスポンサーのお金持ちがオースチンに来ていて、学部長である先生はその接待をしなくてはいけなかったからです。学部長というのは本当に大変な仕事のようです。
で、代わりといっては何ですが、夜の7時半から大学の建物で行われた、ウィスコンシン州選出の民主党上院議員Russell Feingoldという人の演説会に行ってきました。彼は2004年の大統領選挙を意識しているらしく、現在、全米のキャンパスを演説してまわっているそうです(今回はミシガン大、アイオワ大、テキサス大、ノースキャロライナ大だそうです)。会場は500人くらい入るホールで、客層は正装した中年か高年の夫婦から、学生らしき人まで結構様々です。人種構成は民主党の割に意外なことに、黒人はあまりいません。白人ばかりです。結構な割合でインド人らしき学生をみかけたのですが、紹介によるとインド人学生会がこのイベントの協賛をしているようです。他に協賛団体として、ゲイ&レズビアン学生会、民主党UT支部、死刑廃止を推進する会などがありました。主催は大学当局。大学が主催で政治家の演説会だなんて、日本の国公立大学では考えられませんが、そこはさすが、州法で民主・共和両党の予備選挙の方法が定められている国です。つまり政党が(といっても2大政党が、ですが)、それだけ制度化しているということでしょうか。僕は例によって開場前に行き、活動家のためにリザーブしてあるアリーナ席のすぐ後ろの列の真ん中に座りました。開演までの間、まわりの様子を伺うと、さまざまな政治談義に華が咲いているようです。後ろの席の学生二人はアシュクロフトの悪口を言っていました。
そうこうしているうちに開演となりました。司会者に紹介されて出てきた彼は、雰囲気が自民党の麻生太郎代議士に似ているかんじです(ウィスコンシン大学、ハーバード・ロースクール卒だそうです)。彼はこの前の反テロリスト法に唯一反対票を投じた議員だそうです(賛成98、反対1、棄権1)。当然、話はそのことから入ります。彼が反テロリスト法に反対した理由は、それがBill of Ritghtsに明記された市民権の侵害だからだそうです。彼はその意味での大きな政府を批判します。もちろん彼にとっては国民ID制などもってのほかです。こうした政府に対する個人の自由の擁護といった議論は、僕のイメージでは共和党の保守本流、あるいはリバータリアンの思想に近い人がしそうなもので、民主党の議員である彼が主張するのは少し奇異に感じました。話はいかに個人の自由がアメリカにとって重要な意味を持つのかへと進みます。しかし最後にはどういうわけか、ケネディの言葉に至るのです(このへんのロジックが僕の英語理解力ではわかりません)。「国のために何ができるか考えよう!」。この言葉はリバータリアンたちが、大きな政府を批判するときに使う言葉です。いわく「なんで個人は国家の犠牲にならなきゃならないの?」と。やはりこの人は民主党なのだなあ、と思いました。話は他にも死刑廃止、アフガニスタンの攻撃についてありました。演説の上手さは、まあ日本の政治家とそう変りません。こう書くと、意外に思う人もいるかもしれません。「えっ、日本の政治家って演説ヘタなんじゃないの!?」と。こう思うのもきっと政治家の演説をまともに聞いたことが無いからで、今まで何度か演説会(それこそ共産党の決起大会、自民党の個人演説会から大学での講演会まで)を見にいった僕の感想では、日本の政治家も演説はかなり上手いし、面白いです。以前、議員インターンでついた地方議員さんも上手でした。当然ですが、話の内容については日本の政治家もアメリカの政治家も観衆によって変えていると思います。日本の政治家も例えば今回のような大学での演説会、講演会なら結構難しいことも言いますし、地元の人たち相手には低俗な話もします。僕が今まで行った演説会の中で最悪だったのが、地元選出の大臣経験もある衆議院議員のものです。観衆はほとんど65歳以上の老人(僕の地域は高齢化率が高い)で、僕一人がかなり浮いていました。話の内容はとにかく共産党のひどい悪口(僕の地元は共産党の牙城)。いわく、「共産党に票入れたら、家とられまっせ!」…。また参加するのに名簿に名前を書かなくてはならず、それに書くと自動的に後援会のメンバーになるというのも頂けません(演説会は万人に開かれているべきです!)。で、話が少々脱線しましたが、つまりアメリカの政治家も日本の政治家も演説の上手さにかけてはそんなに変らないということです。でも、違うのが聴衆。日本だとこういう大学の講演会に来るのは大概、政治的関心は高いが概して党派色のあまり無い人たちですが、昨日の演説会はもろ党派色で一杯でした。何か議員がいいことを言うたびに拍手喝采。開場が一体となって演説会を盛り上げようとしているようです。この雰囲気はどこかで感じたことがあると思いました。そう「新しい歴史教科書を作る会」の連続講演会です。その講演会は観客のほとんどが一目でそれとわかるくらい、右翼な人たちで(当然です、わざわざ3000円も払っているんですから)、独協大学教授の中村あきら(←漢字が出ない)が「南京大虐殺は無かったのです!」と演壇から力説すると、「そのとおり!」という掛け声とともに万雷の拍手。つまりちょっと部外者には「怖い」雰囲気です(ちなみにその講演会で、小室直樹に直接質問しました!って知らないって!?)。また話が脱線してしまいましたが、つまりそういうちょっと気色悪い興奮のうちに演説会が終了しました。次はフロアからの質問タイムです。いくつか質問があったのですが、興味深いものとして、「あなたは死刑制度には反対と言っているが、今回のアフガニスタンへの空爆には賛成と言っている。どうして?」というものでした。それに対して彼は色々言ってたのですが、要は「死刑制度は公共の利益のためにならないが、空爆は公共の利益促進のためになる」ということでした。もちろん開場は万雷の拍手。僕は「あんた、まさかそんなんで納得しないよなあ!?」と質問者の方を見たのですが、彼も拍手!。…なんかヤラセっぽい!?。まあそんなこんなで結構楽しめました。
で、まだまだ続く火曜日の日記(すいません)。話は変って今日のこと。統計学の期末試験の日が発表され、12月14日とのことでした。それは僕の帰国する日…。授業は通常、火・木と行われており、最終の授業が12月6日(木)にあるので、テストは11日(火)か13日(木)にあるとふんでいたのですが、つまり見事はずれ。仕方ないので他の学生2人と、特別に試験を早くやってもらえないか頼みに行きました。結論から言えばO.K.だったのですが、冗談で、「それは財政援助は要らないというサインを僕に送っているのか?。つまり君たちは自分の国に年末帰れるほどカネがあるってことだろ?。僕が学生のころはアメリカに来て次に国に帰ったのは4年後だった。お金がなかったからね。レストランとかでアルバイトしたくらいだ…」と言われてしまいました(先生は台湾人で、財政援助を決定する委員会のチェア)。はあ、これを聞いて少し心苦しいです…。僕の先輩が大学院に進学したときに先生から言われたという言葉を思い出しました。「君たちは人とは違う道を選んだのだから、人並みの幸せを求めてはいけない」。まさにそうあるべきなのでしょう。やっぱ僕は甘いのかなあ。次からはせいぜいこんなことを言われないように、帰国の期日を余裕をもって決めよう(←結局、帰国はする)。
あと、政治行動の授業ですが、先週言ったとおり、発言するように努力しました。一応、今までで一番多く発言できたと思います。トータルで5分くらい。リーディングは政治参加の古典であるSydny Verba, Norman Nie, and Jae-on Kim. 1978. Participartion and Political Equality.とそれに関係する90年代の論文3本です。内容は教育程度と所得によって測られる社会経済的地位(Socioeconomic Status=Ses)が高いほど、政治参加をするという傾向が一般的にあるが、その度合いは国によって異なる。なぜか?。それは政党や団体などの制度がSesが低い人たちの参加を高めたりするからだ、というものです。まず僕はこの前提の部分に関して批判めいたコメントをしました(内容は大したことないので省略)。また関連の論文の中に、パットナムの論文があったのですが、その中で「テレビが団体のメンバーシップの低下をまねいた」、つまり人々は多くテレビを見るようになったから、団体活動などの家の外での自発的な活動に参加しなくなったという議論をしていました。もちろん突っ込みどころ満載です。僕の次の発言もそれに便乗したものでした(これまた内容は大したこと無いので省略)。でも注の部分に、ちょっと面白い記述を見つけました。それはブレーブス、アスレチックス、ドジャースなどの大リーグの球団が、本拠地を移したことによって、その元本拠地の都市が荒廃した、というものです。つまりそれまでチームを応援することで団結して一体感を持っていた地元の人たちが、チームが無くなったので落胆して、団結心が弱まった、その結果として都市全体が悪くなった。チームはその土地のSocial Capital(社会関係資本)の育成に貢献していた、ということです。こっちの方がよっぽどありそうな気がします。
それと今日のこの授業で思ったのですが、僕の英語力、上がっているかもしれません!。というのも、集中して聞けばだいたい先生や学生が何を言っているのかわかるからです。議論の流れにも一応ついていけます。以前に比べて長くしゃべれるようになったし、少しは滑らかに英語が出るようになった気がします。まあ、といっても「流暢」とか「ペラペラ」というには程遠いですが。そうなってくると、急に学生の発言がそんなに的を得てないことがわかったり、「こいつ本読んでねえなあ」とか思うようになってきました。やはり言葉の壁は大きいようです。調子に乗らないでコツコツこれからもがんばって英語を伸ばしたいです。
最後です。ファイナルペーパー書きがはかどりません!。しかも夜、不眠症気味です。寝付けません。そのくせ日中はすごく眠い。自分では多分、締め切りのプレッシャーから眠れないのでは、と思います。だとしたら、眠れない→ペーパーはかどらない→締め切りのプレッシャー→眠れない、の悪循環です。ここは気合で、乗り越えないといけません!。ということで、これから日記を書くときは以下のように、進捗状況をいちいち書いて行きたいと思います。
11月27日夜現在
政治行動ファイナルペーパー: 15枚中5枚完成 12月10日(月曜日)〆切 あと13日
比較政治ファイナルペーパー: 3000語中0語完成 12月8日(土曜日)〆切 あと11日
統計学期末試験: 0時間勉強 12月10日(月曜日)実施 あと13日
…なんか「地球滅亡まであと〜日」の宇宙戦艦ヤマトみたいだなあ(いや、滅亡しちゃいけない!)。
超長文失礼。
11月29日(木)の夜
とりあえず、作業が一段落ついたので日記を更新しようと思います。政治行動のペーパーですが、現在15枚中11枚。課題はリサーチデザインをするということで、自分で問題を設定し、先行研究に従って理論的背景をまとめ、分析の方法を考えるというところまでで、結果を出したり、それを議論する所まではしなくてもよいそうです。で、理論的背景をまとめるところまで一応できました。ページ数はまあそれなりに稼げましたが、問題は本題のリサーチデザイン。どのデータセット、どの変数を使うかなどは全然決めていません。だから気分はまだ50%完成。書評のパートもまだまだ完全じゃないし。とりあえず火曜日のオフィスアワーに行って先生に色々相談しようと思います。これから比較政治のペーパーにとりかかります。
先日たまたま、留学生の同級生(韓国人2人、台湾人1人)とGREとTOEFLの話になって、彼らの点数を聞くことができました。なんと韓国人は2人ともVは600超えています。Qも満点ではないものの僕より高い700点後半。台湾人のVも500点超えてました。僕が「すごいねー」というと、韓国人いわく、「韓国人はみんなこれくらい当たり前にとってるし、これくらいとらないとどこも受からない」んだそうです。というのも韓国人は留学生の数が多いので、選考では韓国人同士がライバルになるからだそうです。つまり、多様性を重視するアメリカの大学ではだいたいどこの学部でも国籍枠みたいのがあって、そのうち限られた韓国人枠を巡っての争いになるのだそうです。その点、日本人は明らかに得をしています。つまり、僕。日本人の数が少ない分、珍しがられてとってもらえる確率が高かったのだと思います。実際、テキサスの政治学部には関学のM先生が70年代に留学されていたくらいで、その他には学生として在籍した(純粋な)日本人はいなかったのかもしれません。…と思ったのですが、ご指摘によると、そんな国籍枠は無いんじゃないか、とのこと。確かにそれももっともです。ただ僕のTOEFLは600点ありませんし、学部の韓国人、台湾人の出身校を見るとだいたい、ソウル、延世、高麗だの、国立台湾大学だの、その国のトップ校です。僕みたいな関西ローカルの名門「ドウシシャ」ではありません。「国籍枠」で僕が入った、と言われてもおかしくない気もします…。
あと聞いた話によると、K大SFCの院を今年修了された方が、UT政治学部への来年の入学を目指してオースチンで留学準備の勉強をされているそうです。なんでも既に教授2人とすでに知り合いで、研究内容も、「なるほど、だからUTか」というものです(←本人から聞いた訳ではありませんが)。
ウイルスですが、どうも大流行しているようです。あちこちのHPでそう言っています。僕の全く面識の無い某政治学系のHPでも管理人さんのところにも僕と同種のウイルスが送られてきたそうで、「発信源は僕と同じだったりして」、なんて密かなつながりを感じたりしています。ちなみに、友人からの情報によれば、今回のこのウイルスは、開いた瞬間に作動するもので、潜伏することはないとのこと。つまり、僕の場合、すでに削除したのでもう安心して良いということです。あと、別のウイルスが某先生から送られてきました。ウイルスが悪さをして勝手に送ったようです。自分のPCが感染してるって知ってはるのかなあ…。
また先日、別の先生からメールを頂きまして、「ホームページもいいですが、それは結局、一人でせっせと端末に向かうので、「健康的」ではないですね」とのお言葉を頂きました。ごもっともです!。健康的な趣味を見つけることを来セメの課題にしたいと思います。
ところで今日の明け方、夜中降っていた雨が雪に変って少し積もったそうです。最低気温は予報どおり-3度。積雪は京都よりもよほど早いです。さすが極端な気候です。
最後、先日の日記で、「チェリービーンズはサンクスギビングの伝統的な食べ物では!?」と書いたのですが、正しくは「ジェリービーンズ」で、「イースター」の食べ物だそうです。ルームメイトの彼女が教えてくれました。…今晩も泊まっています。
11月29日夜現在
政治行動ファイナルペーパー: 15枚中11枚完成 12月10日(月曜日)〆切 あと11日
比較政治ファイナルペーパー: 3000語中0語完成 12月8日(土曜日)〆切 あと9日
統計学期末試験: 0時間勉強 12月10日(月曜日)実施 あと11日