2003年3月の日記
3月3日(月)の夜

 「自分はアホなんじゃないか!?」「このまま挫折するのではないか」「いつこのしんどさは終わるのか」―圧倒的な徒労感、絶望感、倦怠感をこの数日は味わいました。大げさですが、これがアメリカの大学院というものか、これがアメリカの大学院生活というものか、というのが初めて実感をもってわかったような気がします。今までは甘すぎました。先学期などはすごい楽で、「僕もアメリカの大学院に慣れてきたんだなあー」などとのんきに思っていたのですが、どうやらそれは勘違いだったようです。結局、オフィスに泊り込む、と意気込んだ金曜日は寒いし、しかも金曜日の夜で人気が無く寂しかったので、9時ぐらいで家に引き上げました。ペーパーは一向にはかどらず、家に帰ってからも悶々としていたのですが、夜中1時ごろ急激な睡魔に襲われて床につき、結局翌日の夜7時まで動けませんでした。その後も断続的にペーパーを進めていたのですが、誤解していた所、甘い議論の数々、理解できない数式、このペーパーがすごいクソに思えて(いや実際にクソで)自己嫌悪の念は深まるばかりです。それでたまたま電話をかけてきたもはめど氏に思いっきり弱音を吐いたのですが、彼いわく「そんなこと言っても、やるしかないんだよ。これは仕事なんだから」。そうか、仕事か。これは今まで考えたことも無かったです。
 日曜日は朝から日本選挙学会のポスターセッションのレジュメを作り、共著者のもはめど氏と午後に打ち合わせ。それから夕方6時から11時まで図書館でペーパー。結局ペーパーは今日の朝6時から12時までかかってようやく仕上げて提出しました。完全に敗戦です。最悪のペーパー。僕が先生だったらムカツクと思います。それからかなり急いで、今日締め切りの来年の財政援助の選考の書類を仕上げ(もちろん英語は無茶苦茶…)、それを提出。さらなる自己嫌悪を胸にオフィスに戻ると、ペーパーを提出した先生から早速お呼び出しが!。ペーパー提出が遅れたことに対して注意された後、「まだ読んでないんだけど、この概念は完全に間違っているからそのつもりで。」とタイトルを指差します。続けて「それに何も新しくない」と。前者の批判については、よく聞いてみると僕への批判というよりも、僕が議論を依拠した研究者への批判のようで、つまり「僕はその研究者たちの誤った理解を採用している」と。「こういう議論をする研究者は確かにいるけど、彼らはだいたいゲーム理論の専門家でもなんでもないんだ。キミはそういう分野をちゃんとしたいと思っているんだから、公刊されている論文だからといって信用してはいけない」とのことでした。この先生は別に僕が嫌いなわけではないと思います。むしろ良くしてもらっている方だと思います。でも、この先生、誉めてくれないんです。いつ行っても文句を言われる…。いや、むしろ関心を持ってくれているだけ感謝すべきなのでしょうか。忙しい人なのに30分間みっちり「指導」してもらいました。でも僕は極端に「打たれ弱い」性格なので、この先生がアドバイザーでなくて良かったと思います。
 その後は自分のオフィスアワー。あまりこの日記には書いていませんが、先学期とは打って変わって、今学期はいつも満員御礼です。3人並んだりすることもあります。それだけに結構大変で、今日みたいに疲れている日は特につらいです。今日の締め切りだった来年の財政援助の申込の書類も、ただでさえ今回はコンペティティブなのに時間が無くて最悪だし、もうすごい徒労感です。しかも今日で一段落というわけにもいきません。明日はフォーマルセオリー入門のクラスの中間試験第二弾があるし、しかも次の木曜日に中間試験を受けるTAをしているクラスの人たちのためにも、提出された宿題(ほとんどが今日)を採点をしたほうが良いような気がします。自分の中間試験か、そのクラスの中間クラスの試験か…。木曜日には大問題のエコノメトリクスの中間試験があるし。それが終わって春休みに入っても、あの恥ずかしいペーパーの学会発表の準備をしなければいけないし。今日の唯一の救いは、先学期クラスを取っていて、今回、財政援助の選考委員会のメンバーであると知らずに推薦状を頼まなかった先生が妙に上機嫌で、親しげに話し掛けてくれたことです。しばらく立ち話。こうしていると自分が、この学部の一員なんだなあと感じます。

 あと、ぼちぼち合格者が決まり始めているみたいです。長々とわけのわからない、感傷的な文章、すいませんでした…。

3月4日(火)の夜

 近頃毎回同じ話で恐縮ですが、しんどいです。だんだん何事にかんしてもモチベーションが下がってきました。中間試験も「どーでもいいや」「まあなんとでもなるさ」という感じです。これではいけません。後で後悔するのは目に見えています。今日あったフォーマルセオリー入門の中間試験第二弾(前回ゲーム理論、今回社会選択論)も全然やる気が無く、5問あるのに4問しかないと勘違いして最後の問題をやらなかったり、勉強していなかった決定ルールが出てきて大変でした。まあみんなもできていないと思うので、全体の成績としては気にしなくて良いと思うのですが、問題は先生への内証です。…でも、もうしんどいんです。「あー、最後の一問うっかり見過ごした!」とかそういう高校生のような悩みを抱くことに疲れました。もういい加減こういう「学校のテスト」から開放されたいものです。
 昨日ペーパーについて色々と言われた先生は僕がTAをしている先生なので、嫌でもしょっちゅう会わなくてはいけません。今日もTAの仕事関係のことを聞きに、びくびくしながらオフィスアワーに訪れたのですが、恐れていたとおりまたしても「キミのペーパーを読んだから、まあ座んなさい」ということになりました。先生いわく「○○理論を既存の××の分野の研究にあてはめようとするキミの試みは間違っていない。このまま研究を進めなさい。ただし昨日僕が言ったことに注意しながら。この○○理論は二つの側面があって、キミが指摘しているのはその一つの側面にすぎない。それとこの××の関係性についてはすでに言われている。でももう一つ別の側面との関係性に関してはおそらくまだ誰も指摘してないと思われるので、もし最近の文献をサーベイして出てこなければ、論文として書く価値がある(write-worthy)。」とのこと。この○○理論が××の分野に誰も応用していないのではないか、というのはすでにアドバイザーから聞いていた話です(ある意味、だからやってみようと思った)。そしてこの○○理論はゲーム理論と計量を組み合わせるのにある意味最適な理論だと思います。でも、この○○理論についてはすでに多くの業績があり、サーベイするのが大変です。今は超付け焼刃です。まあいずれにせよ少し展望が開けたかな、という気がします。どうやらこの○○理論についてはこの先生も目下研究中のようで、つまり彼のストライクゾーンに甘いストレートを放り込んでしまったようです。だからこんなにも話すことがあるのでしょう。「春休み中にその部分を書き直してもってきなさい。見てあげるから」とのことでした…。
 あと今日は寮の食堂のミールクーポンを持っている友人に、食事をご馳走になりました。寮での食事はこれが初めてです。利用者は基本的に寮の住民の学部生で、キャンパス全体よりもアメリカ人率は高いように見受けられました。まさにアメリカの学生生活といった感じです。食べ物は豊富でピザからパスタから、ハンバーグからフライから、アイスクリームから、ケーキから、ジュースから、何から何まであり、食べ放題です。まさに飽食のアメリカの象徴。どんなものをアメリカ人は食べるのだろうと見ていたらやはり、個人差がくっきりです。すごいスマートな学生はりんごとかフルーツ、やさいが中心でまるでサラダのような食事なのに対し、肥満アメリカ人はハンバーガー、ピザ、フライドチキン、ポテトなどアホみたいな食事です。僕は日々の勉強に追われているし、まわりに留学生が多いのであまり、アメリカに留学しているという感じはしませんが、こういう寮で学部生として生活すればまた違ってくるんだろうなあ、と思いました。食事は思ったよりも全然おいしかったです。食べ放題だし、もし僕が寮に住んでいたら確実に太ったと思います。

 あと最後、全然関係無い話題。今朝テレビを見ていると、その中でニューオリンズからの中継があり、ケイジャンフード(フランスの田舎料理の影響を受けたスパイシーなルイジアナの海鮮料理)の店から、ザリガニの食べ方について店の人が実演して見せていました。ザリガニを食うこと自体はこのケイジャンフードの中では全然普通のことで、オースチンのダウンタウンにもザリガニ専門店のような店があります。あきらかに日本人の感覚からすればヤバイですが、今までアメリカ人的はそれで良いんだと思っていました。ところがこの中継で、店の人がとったザリガニの肉を、美人レポーターに差し出すと、さっきまで嬉々として「どうやって食べるんですか?」みたいに聞いていたのに、露骨に嫌そうな顔をして「私は要らないわ!」と強く拒否します。やっぱザリガニを食べるというのはアメリカ人的にもアレなのでしょうか。それとも単にこのレポーターが嫌だっただけか。

 あかん、現実逃避が度を過ぎました…。

3月6日(木)の夜

 何から書き始めて良いのかわかりませんが、とにかく動揺しています。何も考えられません。つまりは、またしてもペーパーのことです。今日もTAの用事でこの先生の元を訪れました。すると、今回もTAに関する用事が終わった後、「ペーパーについてだが…」と切り出されました。そして一通り、前回までと同様の批判点を繰り返された後、先生は「要するにキミのペーパーはプロブレマティックだ。だから…今回はクラスのグレードとしてBをつけようと思う」と。Bです。初めてのBです。まあ今回のペーパーの出来からして予想できたことでした。(まあよくあることさ…)(仕方がない…)。最初は驚くほど冷静な自分がいるのがわかりました。ところが、しばらく話を聞いているうちに、突然、涙が出てきました。無意識といっても良いぐらいで、自分でも驚きです。こんなところで泣くのは卑怯だし、全く良いことではありません。こんなんでいちいち学生が泣いていたら指導も何もありません。それにだいたいBを取るなんてそんなに珍しくないことです。なのに…。僕は笑いながらひたすら「すいません、すいません」「こんなのは良くないことです!」と謝りました。それに対して先生は怒りもせず、静かにオフィスのドアを閉め、紙ナプキンを差し出しました。「どうしたんだ。今までの成績はどうなんだ?」「全部Aです…」「だったら何も気にすることないじゃないか。こんなこと良くあることだ。世界の終わりでも何でもない。僕も大学院のときにはBをとったよ」。それでも僕は笑いながらも、涙だけが止まらず、涙が出ていることに対してしばらくずっと謝り続けていました。全く訳がわかりません。先生は笑いながら「良いんだよ。僕らは友だちなんだから」と、ますます訳のわからない奇妙な会話です。でも、ある意味良かったのは、涙が一段落した後も会話はこれでうやむやにならず、シビアな会話が続いたことです。先生は続けて、「公共選択学会で発表するのも考え直した方が良い」と言いました。またしてもショックな話です。でも仕方がありません。ただ唯一の救いは、「このテーマに関しては僕と○○先生も興味があって、ずっと前から共同研究をしつつあったんだ。キミは間違ったスタート地点に立ってしまったが、目指すべきゴールは同じだし、間違っていない。だからこのまま続けなさい。いつか一緒にやることもできるだろう。今回のことは教訓にしなさい」と言ってくれたことです。「確かにこの問題についてキミが依拠した論文の著者のように間違った理解をしている人も多い。でもフォーマルセオリーをやる人間はみんなあれはおかしいと思っているんだ。そういう人たちの議論を批判することで、論文も書けるんだ」とも…。
 とにかく涙を見せてしまったのは後悔です。きっと睡眠不足で涙腺が緩くなっていたとか、理性が弱くなっていたというのもあるでしょう。僕はアメリカでは常にタフであらねばならない(少なくともタフに見せなければならない)と思ってきました。学期中にストレスで胃潰瘍になったけれど、それを学部内の人間に知られると「あいつは精神的にタフじゃない」との烙印を押されるので、必死に隠して、帰国中に入院して治療したという留学生の話も聞いたことがあります。そういことから考えると今日の僕の行動は明らかに間違っていることです。日本での院で修士論文が上手くいかず、副査の先生から修了延期を示唆されたときもショックだったとはいえ、泣きはしませんでした。ていうか僕はどちらかというと涙もろくない方でした。それが今日、自分の意思とは関係なく突発的に涙が溢れたということは、やはりこの一週間のつらいことが累積していて、先生の話をきっかけに爆発したのかもしれません。

 とにかく2週間に迫った公共選択学会についてなんとか考えなければいけません。発表を取りやめるとしたら、それはどれほどのことなのか。ありふれたことなのか、重大なことなのか…。とりあえずアドバイザーの先生に相談してみたいと思います。
 あとちなみに今日のエコノメトリクスの試験は、宿題でやったような問題についてはだいたい答えられましたが、この試験で初めて出たような問題には全く歯が立ちませんでした。要するに応用が効かないのです。おそらく50〜70点くらいでしょう。返却されたフォーマルセオリー入門の中間試験はAマイナスとのことでした。

 学部の他の学生たちがみんな成功者に見えます。僕はこのままドロップアウトしてしまうのかもしれません。もし僕がこのプログラムを辞めると言ったら誰か止めてくれるのでしょうか。みんな「ああやっぱりな」と思ってそれでおしまいでしょう。きっと大学院にはありふれた光景なのでしょう。考えてみれば僕は論文を書いて誉められたことが無いような。

3月8日(土)の昼

 今日は学部でハーバードのゲイリー・キング(Gary King)のレクチャーがありました。ゲイリー・キングと言えば現在アメリカで最も有名なポリティカル・メソドロジストの一人です。ところが今回のレクチャーの出席者数といえば、普段よりも全然少なく、ほとんどが政治学部の大学院生。先生や他学部らしき学生は少ししかいません。そのためか今回のレクチャーは、本当に「講義」と言ったかんじでした。やはり純粋に方法論的な問題には多くの人々はあまり興味が無いのでしょうか。内容としては、サーベイリサーチを行なう上で必ずつきまとう問題、すなわち「人々は同じ質問文に対して、様々な解釈をし、答える。この問題をどうやって解決すればよいのか?」ということでした。こうした、個人と個人を比較する上での困難さは、"DIF"(Differential Item Functioning)の問題として知られ、とりわけ、異なる国、文化に属する人間を比較する上での困難さが挙げられます。例えば、国民の政治的有効性感覚(Political Efficacy)、つまり「政府は国民の言うことに耳をかたむける」という意見に同意する人の割合は、アメリカよりも中国の方が高いそうですが、これは政治制度など客観的な状況を考えたとき、おかしなことと言えるかもしれません。果たして本当に、中国の人々はアメリカ人よりも政治的有効性感覚が高いといえるのか。そこでキングが考えたのが以下の方法です。まずいくつか基準となる状況を設定し、これらの基準の尺度上の一は各個人において同じと仮定します。例えば以下の状況があります。

・アリソンは清潔な飲料水を欠いている。彼女と彼女の隣人たちは次の選挙で、この問題を公約に掲げている野党候補者を支持している。彼女の地域の多くの人々は同様に感じているので、この野党の候補者は現職を打ち負かすだろう。

・政府が産業開発政策を行なっているため、ジェーンは清潔な飲料水を欠いている。次の選挙で野党候補者はこの問題を公約として掲げているが、政府が勝つのは確かなので、この野党候補者に投票しても無駄だと感じている。

・モーセスは清潔な飲料水を欠いている。彼はこれを変えたいと思っているが、彼は投票することができず、政府の人間は誰もこの問題に関心をもっていないと感じている。彼は、将来に何かが行なわれる事を希望しつつ、沈黙の中で苦しんでいる。

これらの状況が提示された上で、「(それぞれの状況の主人公)は、政府の目を自分の関心のある問題に向けさせるのにどれくらい影響力をもつか?」と聞きます(選択肢は、1.全くなし、2.少ししかない、3.少しはある、4.たくさんある、5.無限にある)。当然、アリソンが一番影響力があり、モーセスが最も影響力が無いということになります。さらに次に回答者自身に、同様の質問(もちろん主語は「あなたは」)をし、最終的に、3人の仮想人物と回答者の尺度上の位置を得ます。そして従来のようにこれをそのまま数字として使うのではなく、前述の仮定から、アリソンを最も政治的有効性感覚が高い、ジェーンが真ん中、モーセスを最も低いとみなして、その間での回答者の相対的位置を数値化します。例えば以下の図を見て下さい。

これによると、まず政治的有効性感覚の尺度上では、回答者Aの方がBよりも政治的有効性感覚が高いのですが、アリソン、ジェーン、モーセスの3人をそれぞれ回答者の間で位置が異ならないと仮定されたアンカーとして用い、それら3人との相対的な位置関係で、回答者の政治的有効性感覚を割り出した場合、回答者Bの方がAよりも政治的有効性感覚が高いということになるのです。もちろんこれはかなり直感的な議論で、実際キングはその後もっと数学的に洗練された形で議論を展開しますが、まあ要はこういうことなんだと思います。月並みな批判としては「政治的に影響力が実際にあるかどうか、ではなくてあると思っているかどうか、まさに”感覚”を聞いているのだから、仮にアメリカ人よりも中国人の方が有効性感覚が高いとしても、別に良いのでは?」などが考えられますが、こんな下らない質問、キングは山ほど受けているだろうから、もちろん辞めておきました。質疑応答の時間では院生や、一部の先生が質問しましたが、キングはかなりの余裕で格の違いを見せ付けられた気分です。
 ちなみにキングですが、僕は今回初めて顔を見たのですが、想像していたとおりでした(ロシアのプーチン大統領みたいなのを想像していました)。Ph.D.を取った年(1984年)からして結構歳だと思うのですが、すごく若く見え、就職活動をしている大学院生と言っても通じそうでした。今回の論文の共著者はWHOなどの保健政策学者なのですが、こういう各分野の専門家とくっついて自分はメソドロジストに徹するというのがキングの論文ではよく見受けられるパターンです。

3月9日(日)の昼

 ストレスからなのかはわかりませんが、木曜日以降、外食ばかりしています。木曜日は韓国料理屋でピビンパ(6ドルくらい)、金曜日はもはめど氏夫妻とEGGさんと中華(割り勘で10ドル)、そして昨日は一人でパンダエキスプレス(中華、6ドルくらい)です。あと、台湾系の店でパールドリンクも飲みました(3ドル75セント)。でもあんまり罪悪感はありません。今くらいいいじゃないかー、ということで。

 それにしてもどうして良いのか分からないのが、公共選択学会での発表です。金曜日の昼にアドバイザーの先生にメールを出したのですが、いかんせん忙しい人だし、土日だし、春休みでもあるので返事がもらえていません。僕自身は別に変な発表をして叩かれまくっても別に何とも思わないし、別に今の時点で将来の就職に響くとも思えません。ただ問題は、もし発表したら例の先生はどう思うだろう、という一点です。「するなと言ったのに、しやがった!」となるのが一番怖いです。かといって、この2週間を切った状態で辞退するのもアレですし、だいたいホテルだの航空券だのすでにとってあります。変な発表をしてUTオースチンの名を汚すな!ということなのでしょうか。悩みは深まるばかり…。

3月9日(日)の夜

 久しぶりの一日2回更新です。ここ二日間ほど何もせずボケーっとしていたのでだいぶ精神状態が回復してきました。それでここ数日間悩み続けていたことに一応の結論が出せた気がします。
 まず、公共選択学会での発表について。とりあえず、分科会のチェアの先生に「アドバイザーの一人が発表を止めるように言っているので、できれば止めさせてほしい」と正直に事情を話そうと思います。それでもしOKなら、発表は止めれば良いし、ダメと言われれば発表を止めろと言った先生も、僕が発表することについて納得せざるをえないでしょう。いずれにしても学会には参加し、ディスカッサントは務めようと思います。あともし発表を止めた場合でも、その分科会には顔を出し、チェアの先生を始め他の参加者に侘びようと思います。
 次にこのHPには書いていませんでしたがもう一つ悩んでいることがありました。それはいつコンプを受けるか、ということです。木曜日に同期の韓国人に会ったとき、「コンプはいつ受けるのか」という話題になりました。僕が「アメリカ政治と方法論で来年の春学期に受けようと思っている」というと、彼女は「なぜ政治行動で次の秋学期に受けないのか」と言いました。彼女の話では政治行動の方が簡単で、しかも次の秋学期にはアメリカ人の学生も一斉に受けるので夏休みにみんなで勉強できる、とのこと。もし僕が来年の春学期に受けるのであれば、一人で勉強しなければいけないし、大変だと。また僕がアメリカ政治で受けようとした理由の一つとして、もうすでに政治行動という専攻は僕の代を最後に廃止され、クラスがオファーされなくなったということがあります。ところが彼女の話では政治行動のクラスが来学期に開講されるとのこと。もしこれをとれば僕は政治行動専攻で博士候補生になる資格がもらえます(コンプを受けるのに必ずしも必要単位を満たしている必要はない)。それに彼女が言うには、せっかく政治行動という簡単な分野で試験を受ける権利があるのに、わざわざ難しいアメリカ政治で受けるなんてもったいない、とのこと。確かに一理あります。それに政治行動で受ければ、アメリカと日本について博士論文も書けます。ただ問題が二つあって、まずそうすると日本に長期間帰国することができません。僕は今年の夏も少なくとも2ヶ月は帰る予定でいました。ていうかそれだけを頼りにがんばってきました。もし夏休みにみんなで勉強するとなると1ヶ月くらいしか帰れません。しょぼい話ですが、これは僕にとって大変酷です。またもう一つさらに重大な問題があって、方法論のコンプについて、一人、自分のクラスをとっていないと落とすという先生がいるらしいのです。僕はその先生のクラスは、最初から次の秋学期に取る予定で、まだとっていません。これは単なる噂なのかもしれませんが、漠然と不安を抱えたまま受けるのは何とも嫌な気分です。というわけで、この数日間ずっとこの問題を悩んでいたのですが、結局、コンプは来年の春学期に受けよう、という結論に至りました。だいたい、コンプに早く受かっても博士論文のプロポーザルを出せなくて博士候補生になかなかなれない人もいるくらいで、早く受かれば良いというものでもありません(実際2年目の終わりに受かったものの、プロポーザルが書けず4年目が終わろうとする現在も博士候補生になれないでいる先輩もいます)。もちろん同期の留学生に先を越されるのは気分の良いものではありませんが、仕方がありません。僕にはその能力が無い、僕はその準備ができていない、それだけのことなのです…。
 また、来年のTAの選考についてもアプリケーションの準備不足などから、かなり後悔というか不安な思いを抱いているのですが、これもなるようになるさ、と気楽に考えようと思います。それに例えダメでもコンプの勉強や研究する時間ができるし、良いんじゃないかと思うことにしました。もちろんTAになれるに越したことはないのですが。
 あと今になって思うのは、どうも僕のペーパーを批判した先生は、僕のペーパーをロクに読まず、かなり誤解しているのではないか、ということです。まあでもこういうのは良くあることなのでしょう…。今更文句を言っても状況は悪くなるだけだと思うので、言わないでおこうと思います。

 というわけで、少し状況がクリアになりました。後はこの春休みを充実したものにするためがんばりたいと思います。

3月10日(月)の夜

 結局、今日はアドバイザーの先生から、公共選択学会での発表を取りやめる件についての問い合わせメールへの返信を頂けませんでした。きっと休暇をとっているのだと思います。もうこうなったら仕方がありません。これから辞退のメールをパネルのチェアの先生に出したいと思います。嫌だなあ…。

 それと今日はスーパーで整髪料を買いました。アメリカでは一度も整髪料を使っていなかったのですが、何となく要るかなあ、と思ったので。日本ではいつもヘアワックスを使っていました。こちらでもそういうのがあるかと思って見てみたのですが、ヘアワックスという名のモノは見当たりません。仕方がなく、近いかもということで「ポマード」を買ってみることにしました。しかも節約して一番安いスペイン語表記でメイドイン・メキシコのやつ。結果、髪につけると超ベタつく+何とも言えないゴムのようなおっさん臭がします。手を洗ってもなかなか取れず、しかもシャンプーしてもイマイチとれないというシロモノです。容器の解説を読むと、乾燥防止のために一日2,3回塗るように、とのこと。あり得ない!。こんなん一日に2,3回も塗るなんて信じられません。どうやら「安物買いの銭失い」だったようです。それにしても、整髪料に関しては日本の方がアメリカよりもかなり発達していると見受けられました。

3月11日(火)の夜

 昨日はあれから公共選択学会のパネルのチェアの先生に発表辞退を申し入れるメールをできるだけ丁寧になるように苦心して書いたものの、一応慎重を期すため一晩置き、結局今朝メールを送りました。内容としては要するに「アドバイザーの一人に論文中の致命的な誤解を指摘されたので、こんな10日前にキャンセルなんて明らかに悪いということはわかっているが、発表をとりやめたい」というものです。それで今日は一日メールを開くのが怖かったのですが、夕方にメールをチェックすると先生からの返信がありました。それによると、すごく優しい先生のようで、「心配することはない。よくあることだ。発表してからよりも、今誤りを発見する方が良い」とのこと。それに続けて、先生自身のエピソードとして、この先生の一番最初のパブリケーションにおいて主張した定理の証明が後になって完全に誤りであったことが、別の研究者によって指摘された、ということが紹介されていました。どうやら、とんだ良い意味での誤解を受けているようです。僕の抱えている問題はそんな「定理の証明」うんぬんとかの、高級なことではないのに…。まあとにかくこれで少し気が楽になりました。それにしても痛い教訓です。

3月12日(水)の夜

 昨日メールを送った、公共選択学会でのパネルの先生ですが、てっきりまだ若い助教授の先生かと思っていたのですが、実は結構歳で有名な人のようです。ていうか、どこかで見た名前だなあと思って本棚を見ると、その先生の本を持っていました。しかも僕にしては珍しくアメリカではなく、日本で学部時代にタイトルだけ見て買って、その上わざわざアメリカまでもってきたという本でした。なんか縁を感じるなあ…(←!?)。

 それと実家から年末から最近にかけてのアエラを送ってもらったのですが、その中の一つにブッシュの原風景ということでテキサス特集がありました。それを読んでいると、テキサスは環境保護の法整備が遅れているから全米一大気汚染が進んでいることが紹介されていたり、ブッシュを支持する!イラクとの戦争を支持する!との老テキサス人の意見が紹介されていたりで、テキサスっていうのは何てヒドイ所だ、と思わせる内容でした。まあかなり脚色が入っているとはいえ、一般人のテキサスについての認識とはこんなものかと思うと悲しくなります。だいたいアメリカ国内においてもテキサスは「無知で世間知らずなカウボーイ」として異色の存在です。極めつけはその記事の中でテキサス大学オースティン校の自治会が紹介されていて、自治会の中で戦争反対と賛成で割れているとのこと。自治会のメンバーの一人はこの戦争がいかにして正当化できるか、ということに日々頭を悩ませていると言います。これだけ見るとUTはなんて保守的な大学だ、と思ってしまいます。でも実際は戦争賛成派なんて聞いたこともないし、先日の学内での反戦行進では全学生の7人に1人が参加しました。テキサス=好戦的、ブッシュ支持という先入観に基づき、それをさらに助長するだけの記事だと思います。まあもちろんオースティンが特殊だという可能性もあります。実際、2月15日の反戦集会における動員はオースチンの7000人がテキサス最高で、オースティンよりも人口の多い、ダラス、ヒューストン、サンアントニオ(←ちなみにこれらの都市は全米で人口10番以内に入る)ではそれほど盛り上がらなかったそうです。

3月13日(木)の夜

 今日はテキサスA&Mの政治学部博士課程にいる後輩が遊びに来ています。昨日の夕方帰宅すると留守電に彼からメッセージが入っていて、「明日来る」とのこと。それで僕が電話してOKと言うと、「良かったあ。もうレンタカー予約したんですよねー」とのこと。一応、前から来るとは言っていたものの、いきなり明日来るということで僕がダメだったらどうするつもりだったのでしょう。「行き方調べた?」と聞くと、「これから」と言う。とりあえずその場は「UTを目指せば良いから。UTに着いたら電話して」と言って電話を切りました。でも彼は車の免許をアメリカに来る1週間前にとったばかりで日本での運転の経験も無く、アメリカでも車をもっていません。なのでこれだけじゃちょっときついかなあと、今日の朝になって再び電話しました。「行き方調べた?」と再び聞くと、「それが、カレッジステーションからの出方がわからないんですよねー」などとのんきなことを言います。「道路地図は買ったのか?」と聞くと、「これから」とのこと。それで僕が急遽、オースチンに着いてからの地図を書いてメールで送ることに。しかしこれで本当に大丈夫なのか、事故らないのか、まじで心配でした。それでも昼の1時半頃には彼から着いたとの電話があり、会うことができました。その後、大学とダウンタウンを見学した後、彼も京都にいるときからの知り合いであるもはめど氏夫妻と韓国料理屋で食事、アジア系スーパーで日本のTV番組のビデオを借りて、もはめど家でしばし見ました。しかし、それにしても彼は昔からそうですが、いきあたりばったりです。それで上手くいくからよいのでしょうけど…。

 でも、いきあたりばったりといえばもっとすごい人がいました。今日の午前11時ごろ電話が鳴り、「まさか彼が事故ったのか」とあせって出ると、不安な様子の男の声が。聞くと同志社のゼミの後輩の学部3年の人です。「今ヒューストンにいて、新聞社で働きたいと思ってかったっぱしから電話をかけているんですが、みんな断られるんですよね…。なんでなんでしょうか…」と言います。彼は将来新聞社志望だそうで、その前にアメリカで武者修行がしたいらしいです。それにしても、断られ続ける…当たり前です。アメリカの大学の学部を出た人でもアメリカで就職したくても出来ないと言うのに。ビザのこと、アメリカで外国人が職を得るということについて僕が語ると、「そうなんですか、知らなかった…」とびっくりしています。ある意味すごい度胸です。「まあ、それでもアメリカは結構例外とかあるみたいだからがんばって…」と少し励まして電話を切りました。僕はこんなことできないなあ。

3月14日(金)の昼

 留学には関係の無い話です。先日の日記でも少し書いたとおり、今、実家からアエラを送ってもらって読んでいるのですが、何と言うかアエラの記事、読んでいてイライラします。といっても内容ではなく、記事の作り方。まず、記事の中に出てくる人物の年齢について、書いてあるのと書いてない記事があり、年齢なんてどうでも良い記事には書いてあるのに、年齢が結構重要な記事には無かったり。例えば、アエラ('03.3.10)にある東京の停電の記事とか、高級マンションなどの記事には文中に出てくる人の年齢が出てくるのに、日銀首脳陣の人事に関する記事には年齢が無かったり。日銀など重要な人事に関しては年齢なども大いに気になるところです。また、分数の計算能力が落ちている、という記事にしても、「チャート1は昨年2月、国立教育政策研究所教育課程センターが行なった学力調査のうち、分数の割り算問題の抜粋と正答率だ」とだけあり、果たして何年生対象なのか、その「チャート1」にもどこにも書いてありません。その直前に紹介されたテストが大学生対象のものだったので、何とも理解しがたいところです。さらに「ラガーマンは起業向き」という記事の中に人物の写真が2枚出てくるのですが、名前がついておらず、文中のどの人物なのかというのを理解するのに時間がかかります。雑な雑誌作りとしか言いようがありません。こんなのプロの仕事ではないと思います。

 ところで今晩は、オースチンで毎年この時期に開かれる全米最大級のロックおよびポップスの音楽祭、South by Southwest(SXSW)のJapan Niteというイベントに行ってこようと思います。このJapan Niteというイベントで過去には、Puffy、Cocco、Original Love、Mad Capsule Market、ラブサイケデリコなどそこそこ有名どころがやっています。日本でもWOWWOWで中継があったり、日本からツアーで見に来る人もいるようです。今年は僕のような一般人(or音楽にうとい人)が知っているようなバンドはいないみたいなのですが、とりあえず、見てきたいと思います。ただ問題は場所がよくわからないということ。6th Streetという繁華街だとばっかり思っていたのですが、どうやら違うようだとの憶測もあります。

3月15日(土)の昼

 SXSWのJapan Niteに行ってきました。8時から始まるとのことで、7時ごろ行ったのですが、開場には並んだものの、全然余裕で入れました。客層は日本人が多いのかと思いきや、95%以上アメリカ人で、たまたま話をしたアメリカ人女性が「Japan Niteはここ数年毎年来ている。SXSWの中で最も好きなイベントだ」と言っていたほど、どうやら人気のイベントのようです。ライブ会場もダウンタウンの一等地にある広いライブハウス。チケットは25ドルと他のイベントよりもかなり割高のようですが、それでも僕自身、その分は楽しめたと思います。僕は中学〜高校にかけてはかなり本気でギターをやっていて、当時の同年代の中ではおそらく上手い方だったと思います。高校後半〜大学の最初にかけてはもう情熱は無くなっていたものの、バンドもやりました。当時はこういう業界に少しあこがれていたこともあって、今回演奏した6組のバンドを見ていると、こんなアメリカでやるなんてすごいなあ、と素直に尊敬の念が沸いてきます。彼らは日本のバンド6000組の中から選ばれたそうで、基本的にプロです。僕の研究者としてのアカデミアでの今のポジションは、彼らのミュージシャンとしての音楽業界でのポジションに遠く及ばない…、そんなことをなぜか考えてしまいました。せっかくなので、シロウトの立場から各バンドごとに感想を書いてみたいと思います(ちなみに僕はこれらのバンドのことを全く知りませんので、誤解に基づいてひどいことを書くかもしれませんが、もしファンの人がいたらすいません)。

Minor League
ハードコア系でドラムとパーカッションがそれぞれ別にいて迫力があり、僕としては一番良かった。アメリカでも通じそう。バンドの人たちもコワモテだけど良い人たちそう。素直にかっこいい。日本からの追っかけがいた。

CONDOR44
代官山とか、裏原宿とかにいそうな人たちで、雰囲気があって日本ではきっとおしゃれな人たちに人気があるんだろうなあ、と思った。音はくるりみたいだが、歌はほとんど無し(正直あまり上手くもなかった)。でも昨日の客層的にはあんまり合っていなくて、テキサス人たちは彼らの音楽に対してどう反応してよいのかわからなかったみたいだった。彼らの「平熱感」もここテキサスではかっこ悪かった(ある意味、バンドのせいではない)。こういう系の音楽はアメリカよりも日本で受け入れられると思う。

Petty Booka
女性二人のボーカルからなる、ハワイアンのバンド。SXSWのJapan Niteでやるのは今回が初めてじゃないらしく、固定ファンもいるみたいで客も多く盛り上がっていた。ステージ慣れしていて、全体の完成度も一番高かった気がする。

Invisibleman's Deathbed
日本のロックを語る上で外せないビジュアル系。ナルシズムの中にも大いに自虐的な要素があって好感が持てる。日本のビジュアル系はグループサウンズの流れを汲んでいると思うのですが、彼らの曲は他のバンド以上にグループサウンズの影響を受けているように思った。でもパンクっぽくもあり、ハードコアっぽくもあり、でとらえどころがない感じ。ステージも大暴れで、客席に乱入したり、マイクスタンドを倒したりでもうめちゃめちゃ。客も大盛り上がり。怒ったローディと揉める場面も。終演後もしばらく客がステージから引かなかった。遠藤みちろうのスターリンあるいはデビュー直前のルナシーあるいは沢田研二を彷彿とさせる。地元のパンクっぽい兄ちゃんにも大人気で、僕の前にいたピストルズみたいな白人の兄ちゃんは「クール」を連発し、「バンドっていうのはローディとけんかするくらいじゃないとダメだ」みたいなことを言っていました。ただし演奏技術も上手く、また実際グッズ売り場で話してみるとすごく腰の低い良い人たちでした(ちなみに日本のバンド業界はすごく礼儀を重んじる世界です。僕がバンドをやっていたとき、ボーカルをやっていた友人がライブハウスに出演交渉に行ったとき、ソファーにもたれながら話を聞いていたらオーナーから「人の話を聞く態度がなってない!」とすごく怒られたそうです)。僕の中では今日の中で二番目に良かった。

Papaya Paranoia
80年代前半から活動しているらしい、女性二人のテクノ系歌謡orポップスorロック。DJがいた。ステージ衣装はアメリカ公演を意識してなのか、へそだし振袖など和風をアレンジしたもの。こういうのはちょっと日本人として痛々しい。ビジュアル的には一番目立っていたかもしれないが、客のノリは今ひとつ。でも近々、アメリカのユニバーサル・レコードと契約するらしい。

Core Of Soul
僕は知らないのですが、今日出演したバンドの中では一番売れているらしく、NHKポップジャムにも何回か出演しているらしい。確かに上手いのかもしれないが、「どこかで聞いたことある」感ありありで、すぐに飽きられそう。ボーカルの女性は帰国子女らしく、英語はすごい上手でMCでは客もノっていた。曲は正統派日本のロックで、アニメの主題歌っぽいのが多く、そういうのが好きなアメリカ人には受けていた。実際、終わった後、近くにいた気持ち悪いアメリカ人男性が僕にすごい勢いで自分が感動したことを話し掛けてきて、僕が適当に「そうですね」なんて言っていると、"I don't think you like it."「キミが好きだとは思えないね」なんていうムカツクことを言われました。「歌唱力で勝負」っぽいですが、それでアメリカに受け入れられるのは難しいと思う(別にアメリカを狙っているわけではないのかもしれませんが)。彼らの出番が始まったときはもう夜中の1時を過ぎていて、客の数も減ってしかも見ている人も疲れていたので、せっかく良い演奏だったのに少しかわいそうだった。

 全体として思うに、キワモノ系ほどウケが良かった気がします。これだけ見ると日本のバンドが正統派でアメリカで勝負するのは日米の好みの問題も相まって、ちと難しいかと思います。ただ彼らはこの後もそれぞれ全米各地を回るツアーをするらしく、やはり実力ある「プロ」です。それに僕は間違い無く楽しめましたし、この日演奏した全てのバンドの人たちのことをすごいなあ、と思います。僕も彼らのようにがんばらないとなあ…。結局Japan Niteが修了したのは夜中の2時前で、7時〜2時という超長丁場で少し疲れました。耳鳴りがします。写真館のページに何枚かこのときの様子をアップしますのでよろしければご覧下さい。

3月17日(月)の夜

 今日から大学が再開されましたが、本気で憂鬱です。学部の建物に足を踏み入れたくありません。登校拒否の気持ちがこんな年になってわかる気がします(今まで中学高校などでも学校に行きたくないと思ったことはありましたが、建物に入るのに緊張したことはありません)。

 この春休み中にはTAをしているクラスの採点をしていたのですが、統計学のクラスなのに、一人すごいわかりにくい文字を書くアメリカ人がいて、字を読むのに苦労しました。例えば、再現すると以下の文字。これが何かわかりますか?。

"mt"ではありません。答えは"the"です。彼の書く字はすべてこんな感じなのです。統計学の試験でこんなんだから、手書きのエッセイを採点するのはもっと大変そうです…。

 あと、今日僕のブラウザでこのHPを見ると、なぜかエンコードが「西ヨーロッパ言語」になって正しく表示されないのですが、みなさんは大丈夫でしょうか?。今日だけたまたまなのかな…。

3月18日(火)の夜

 今日はエコノメトリクスの授業で中間試験が返ってきました。60点満点中43点。平均点43.5点。つまり平均点です。正直こんなにとれているとは思わなかったのでびっくりです。このクラスはおそらく文系では数学ができる人が集まっているのだろうし、僕は自分がこのクラスで最もできないんだと思っていました。平均点をとってこんなにうれしかったのは初めてです。35点以下の人は1週間以内に先生と個別の面談をしなければいけないとのことだったので、これに該当しなくて良かったです(今の時期にこれ以上精神的プレッシャーを受けるのは危険…)。でも大問3つのうち、本当にできたのは最初の一つだけで、二つ目は授業で習ってないのにたまたまカバーしていたところが出たため、とれました。つまりこの分を差し引くと僕は35点以下ということです。なのでこれで調子に乗らず、気を引き締めていきたいです。

 あと自分がTAをしているクラスでも今日、僕が採点した中間試験が返されたのですが、やはりあまりできていない人に返却するのは嫌なものです。「どうか気を落とさないでくれ!」と願いながら返却します。ほんと試験って採点される側もする方もみんなが嫌な思いをするもんだと思います。

3月19日(水)の夜

 今週末の公共選択学会では、発表を取りやめたとはいえ、ディスカッサントをしなくてはいけません。分科会のテーマは前にも書いたとおり「パワー指数」。2つのペーパーが月曜の晩と、火曜の晩(←遅すぎない!?)にそれぞれ送られてきて、現在に至るまでがんばって読んでいるのですが、両方ともデータや実際の政治的な例を使わない純粋にフォーマルセオリーで、一つにいたってはひたすら、定理、レンマ、系と数学の証明が続くというというシロモノです。やばいくらいに理解できません。ていうか、良くて理解するのが精一杯。とても、的を得た質問やコメントをすることなんてできなさそうです。それで途方に暮れて、今日、このことを同じオフィスの先輩に話すと、「正直に状況をチェアに伝えて、降ろしてもらったら」と悪魔の囁き。なんと、僕は発表を直前に取りやめたのみならず、ディスカッサントまでも辞めようというのでしょうか!。アメリカでは、もちろん悪いこととはいえ、まだそこそこあることのようですが、こんなの日本だったら学会追放ものです。研究者失格です。ただでも「がんばっているんだけど、理解できない」と正直に状況を伝えるというのはすべきかもしれません…。
 いずれにせよ、僕は今学期は大変な失敗を繰り返しています。要するに、去年以来「自分を苦境に追い込む」ことによって、自分を勉強へと駆り立ててきたのですが、今回は度が過ぎたようです。重すぎる負荷はかえって能率を下げるだけだということを悟りました。今学期は何回か、突然、頭のどこかがプツンと切れて、自分のやっていることがどうでも良くなったり、他人事のように思える瞬間がありました。精神的にも肉体的にも今の僕の能力を超えたことを自分に課してしまったようです。

 アメリカの対イラク戦争ですが、昨日のブッシュの演説以来、アメリカ人は「やっぱりそうか…」と覚悟を決め、緊張しているように見受けられます。こういうときは自分の意見を一旦横に置いておいてでも、団結しようとするのがアメリカ人なのか、世論調査では戦争支持は再び70%を超えたそうです(陰謀論的ですが、操作されている可能性もあるような…)。今日のアメリカ政治のクラスでも前半1時間半を割いて議論がもたれましたが、アメリカ人学生たちは結構みんな冷静で、まるで他人事のように語っていました。僕も含めて留学生は何も発言しませんでした。
 正直、僕は今回の戦争に関して、テレビや新聞などのマスメディアから隔絶された生活をしているためか、そんなに不安な気持ちや緊張した感じにはなりません。開戦前から連日盛んに報道されていた湾岸戦争のときの方が、日本にいたのにもかかわらず、今より緊張し不安な気持ちだった気がします。日本から心配の電話をもらったのですが、本当に何とも思っていなくて、電話をくれた人に不愉快な思いをさせたのではないかと思うほどです。昨日のブッシュの演説は、ケーブルテレビに加入していない僕は演説を見ようと思っても選択肢はあまりなく、ほとんどのチャンネルが通常通りコメディやバラエティーショーなどの番組をやっていました。演説ではなくこれらの番組を見てのんきにゲラゲラ笑っているアメリカ人も少なからずいたのでしょう。アメリカの政治に関心が無い層や、ケーブルテレビに入れない層というのは案外こんな感じで、メディアの影響から免れているのではないのか、と思います。これが、海外のことに無関心で無知なアメリカ人が多い原因の一つかもしれません。

 あと、先日来のこのHPのフォントの異常ですが、AOLのHPを見たところ、以下のようなお知らせがありました。

(以下貼り付け)
機能障害のお知らせ

 現在一部のメンバーの皆様において、members.aol.com上のWEBページが文字化けを起こす場合があります。ブラウザの文字コードを日本語自動判別に設定することで正常に表示されます。只今復旧に向け対応しておりますので、今しばらくお待ちください。

3月18日(火) 9:16頃から

 メンバーの皆様には、大変ご迷惑をおかけいたしておりますが、何卒ご了承のほどよろしくお願いいたします。
(以上貼り付け)

今見た限りではまだ復旧はしていないようです。大変お手数ですが、「表示」→「エンコード」で日本語のフォントに変えて見ていただけると幸いです。

3月20日(木)の夜

 結局昨日の晩、チェアの先生に「ディスカッサントできる自信がありません」メールを送ったのですが、返事がもらえていません。今日から学会が始まっているのですでに昨日のうちに現地入りしていて、ネット環境にいないのかもしれません。いずれにしてももう後戻りはできないようです。精神的にではなく物理的に頭が痛いです。そして眠い、しんどい…。とにかく混乱しています。「がんばるぞ!」とポジティブな言葉を吐きたいのですが、本当にそういう気分ではありません。すでに「他人事」のような気分になりかけています。天使が舞い降りるのを待つしかありません。それにしてもなぜか病的に眠いです…。ナシュビルには一応パソコンは持っていきますがネットにつなげるかどうかはわからないので、更新できるかどうかはわかりません。

3月21日(金)の夜

 テネシー州ナッシュビルにいます。公共選択学会の会場のシェラトンは高いので(一泊139ドル)、そのすぐ隣のモーテルのような安宿に泊まっています(といっても一泊92ドル)。ネットに接続できたのでHPの更新をしたいと思います。今朝5時半に起きた瞬間からなんだか、他人の体を「操縦」しているような気分になっていました。2時間しか寝ていないのですが、別に睡眠不足だからとかではなくて、昨日から言っているようにすごい「他人事」のように思えるのです。起きた瞬間からナッシュビルに行くのが嫌でした。それでも友人に送ってもらって、空港へ。戦争が始まったのでセキュリティーが厳しく時間がかかると思って、フライトの1時間半前に着いたのですが、確かにチェックは厳重だったものの、ゲートをくぐるまでの時間は15分しかかかりませんでした。贅沢に7ドルの朝食をとって、飛行機へ。約2時間でナッシュビルです。10時に着陸して、すぐに荷物が出てきて、すぐにダウンタウン行きのバスが来たので、ホテルに荷物を預けて10時半には公共選択学会の会場のシェラトンに着きました。
 こじんまりした学会とは聞いていましたが、受付付近には全然人がおらず、とりあえず目星をつけて、すでに始まっていた一つのパネルの部屋に入りました。パネルのテーマは、"Coalition and Power Indeces"。ちょうど僕が日曜日にディスカッサントをしなくてはいけない、Power Indexのパネルです。ボケーっと見ていると、見たことある論文が。何と、僕が今回ディスカッサントをしなくてはいけない論文と全く同じ論文です。「もしや、時間を間違えたか!?」と本気で焦りましたが、プログラムを確認すると、この人、同じ論文を違うパネルで2回発表するようです(なんで!?)。それにしてもひどいヨーロッパなまりの英語です。よく聞いているとフロアの人も、チェアも、発表者もみんなヨーロッパなまりが。どうもヨーロッパの人たち中心のパネルのようです。とりあえず、参考になるかも、と思ってディスカッサントの討論をテープレコーダにて録音。それにしてもこの男性のディスカッサント、クスリとも笑いませんし、当然ユーモアの一つもありません。しかもぼそぼそと批判ばっかり。「以上です」と終わると、会場からざわめきが。というのも、一番最後に発表した女性の論文に対するコメントが無かったのです。最初はみんな、うっかりミスだと思って笑っていたら、その発表した女性(オランダのライデン大学のおそらく教員)が、「いいのよ、私の論文はコメントするに値しないから…」と苦笑いを浮かべながら取り繕っています。ディスカッサントも最初からそのつもりで、一人さっさと部屋を出て行きました。…なんかすごい殺伐とした学会のようです。その後昼休みに入って、各会場から出てくる人たちを見ていたのですが、どうもみんなおっさんばっかりで、明らかに大学院生とわかるのは、10人に一人もいないくらいです。しかも3人に1人くらいはヨーロッパの人のようです。そういうこともあってか、アメリカ人の政治学者に特有の気楽さというか、明るさが少ない気がします…。
 昼休みはとりあえず、近くにあったバーガーキングで食べたのですが、先ほどの殺伐とした雰囲気を見るにつけ、不安は募る一方で、食事が喉を通りません。この学会で僕がしなくてはいけないことは、二つあります。一つは発表をキャンセルしたパネルのチェアに直接謝る。そしてもう一つは、ディスカッサントをすること、です。これから午後一番は僕が発表をキャンセルしたパネルがあります。ホテルの近くの公園で一人、ぶつぶつと謝るときの英語の練習をしました。ナッシュビルは思っていたよりも寒く、体が凍えます。でもできるだけねばって、会場には15分前に到着。当然僕が一番乗りで、その他の参加者を待ちます。キャンセルしたとはいえ、なぜかできるだけ人が来てほしくない気分です。もしや「プログラムにある僕の発表のタイトルを見て来た人がいたらどうしよう…」とかを心配していました。今となってはプログラムに印刷された僕の名前と論文は単なる恥さらしです。チェアの先生はCVから察するに60歳くらい。それらしき人が入ってくるたびに、ドキドキして、違うと分かるとほっと胸をなでおろしていました。時間を1分過ぎて、それらしき男性が早足で入ってきました。「謝らないと!」とあせって駆け寄ろうとすると、さっそくその男性は話し始め、機会を逸してしまいました…。ああ、どうしよう、このまま知らん顔するか…。「プログラムには二人とありますが、残念ながらこのパネルは発表者は一人です」と言われ、飛びあらんばかりに緊張し、思わず会場の人たちに向かって大声で謝ろうかと思ったほどです。参加者は15人くらい。まあ会場の大きさからして多くも無く、少なくも無く、といったところです。唯一の発表者はフランス人。彼はおそらく政治学専攻ですが、共著者は数学者と物理学者という顔ぶれ。すげー数学だらけの論文です。選挙研究なのにもちろん経験データは一切無し。圧倒されました。正直、発表をキャンセルしてよかったです。僕がこんなところで発表するにはまだまだ早すぎます…。彼が話している間、ひたすら一人勝手に「針のむしろ」状態でした。「このまま政治学会から追放されたらどうしよう」「発表をドタキャンしたやつとして知れ渡ったらどうしよう…」などと、わけのわからないことをグルグルと考え始め、どんどん気分が落ち込んで行きました。「きっとこのまま、ディスカッサントもできないんだ」「ついでに水曜日提出のアメリカ政治のペーパーも書けないんだ」「今日を境に僕は、まっさかさまに転げ落ちていくんだ」。パネルの後半はそんなこともあって全く聞かず、パネルは45分を残して終了しました。こんなに早く終わったのも僕の責任だと思うと、一刻も早くチェアの先生に謝りたい気持ちで一杯で、先生のところに駆け出したかったのですが、先生のまわりはパネルが終わった後も議論が続いています。仕方なく会場の外へ。シェラトンの7階からの吹き抜けを見下ろすと、「もし僕がここから飛び降りて自殺したら会場は大騒ぎだろうな」などと、またまたわけのわからないことが浮かびます。
 結局時間もあることだし、一旦隣の荷物を預けておいたホテルにチェックインすることに。部屋に入ってベッドに横になるとまたまたネガティブな感情が出てきました。「このまま帰ってしまおうか」「いっそ日本に帰ってしまおうか」「そしてアメリカには二度ともう戻ってくるまい」(←睡眠不足のせいでおかしくなっています)。一人で何の知り合いも無く、孤立無援で来たのも後悔しました。せめて日本語で話せる相手がいたら…。これから起こるであろう嫌なことを考えると、体と意識を引き離したい気分がしました。それで、10分後くらいに投票モデルのパネルがあるのですが、緊張の連続ですごい疲れているし、このまま一旦寝てしまうことも考えました。でも、ここで寝てしまって、パネルに行かなければますますダメになる、と思いなおし、気力を振り絞って会場に向かいました。テーマが似ているので、先ほどのパネルと顔ぶれがほぼ同じです。「あいつが発表をキャンセルしたんだな」と思われているんじゃないか、などと自意識過剰なことを考えながら、隅にいるとどんどんまた落ち込んできました。パネルが始まります。すると、しばらくして、さっきのパネルのチェアの先生が入ってきました。そして、僕の隣に座りました!。これで今度こそこのパネル終了後に言える気がします。あとはこの先生が途中で席を立たないのを祈るのみ…。もうとりあえず、この先生が何と言おうと思おうと、一方的に謝ってしまおうと心を決めると少し落ち着いてきました。すると発表も集中して聞けるようになり、聞いているうちにだんだん夢中になってきました。投票行動の研究なのに、フォーマルセオリーを使って理論を導き出している…。すごくエレガントな形で定式化している…。こういうやり方もあるもんなんだなあと、目から鱗が落ちる思いがたくさんしました。かなりサムい言い方ですが、やっぱ僕は政治学が好きだ、辞めたくない、と思うようになってきました。僕がしたかったことはきっとこういうことなんだと思いました。つまりmathematically drivenな理論をデータで実証する。不確実性下での行動の変化のシュミレーション…。今まで僕は、ゲーム理論やフォーマルセオリーは、議会研究などにこそよく当てはまるもので、集団の政治行動の分析にはあまり適さないのではないかと思ってきました。でも、こういうやり方があるんだなあ、と妙に感心しました。utility theoryをもっとちゃんと勉強すれば色々面白い定式化ができそうです…。
 そうこうしているうちに、パネルは終了。いよいよ先生に話し掛けます。「あのー、○○教授!」と声をかけます。「発表を直前でキャンセルしてすいませんでした」。すると先生は、すごいフレンドリーに握手を求めてきて、微笑みながら、「メールでも言ったとおり、心配しなくて良いんだよ。よくあることさ。これからもがんばりなさい」と言ってくれました。良い先生です。話し掛けるまでは、「話し掛けても無視されるんじゃないだろうか」とか「煙たがられるだけなんじゃないだろうか」と不安に思っていたのですが、これで一気に晴れました。

 どうも感情が高まっているようで長々と書きすぎているようです…。もう止めます。とりあえず、その後レセプションに出たものの、例によって誰も知っている人もおらず、若い院生らしき人も少ないので取り付く島もなく、さっさとお腹を一杯にして、ホテルに戻って風呂に入り現在に至ります。日本人も何人かいましたが、もちろん院生ではなく、先生で、しかも経済学専攻とかだし、話し掛けるわけにもいきませんでした。あと、東大教授で有名な財政学者であるI先生を見かけました。でもまさか「学部のときの授業の教科書で先生の本を読みました!」などと言って近づけるはずもなく、半径1m以内に入って満足して去りました…。今晩は引き続き論文を読みます。

3月22日(土)の夜

 今日は公共選択学会二日目。昨日は夜遅かったので8:15から始まる朝一のパネルはスキップして、10:15からのパネルを見ました。といっても特に目ぼしいものが無く、せっかくなので東大の財政学者のI先生が発表されるパネルに行きました(←単なるミーハー)。パネルのテーマは"Distribution and Public Bad"。でも発表される4本のペーパーを見るとどうもこのテーマに即したのは、このI先生のペーパーしか無さそうです。会場はあまり人の入りは無く、始まった時点では12人。発表者4名、チェア1名、討論3名だったので、半分以上がパネルの参加者です。また僕を含めておそらく日本人であろうという人は5人いました。一本目はミネソタ大学の経済学のおそらく院生。ゲーム理論を使って政権の連立を説明するというもので、詳細は理解できないもののパッと見では、イマイチどこが真新しいのかよく分かりませんでした。会場に「ふーん」という雰囲気が流れたとき、討論者として現れたのは日本人の男性。この方は所属はイェール大学政治学部とのことなのですが、学生なのか教員なのか、それともそれ以外なのかわかりません。取り出したのは手書きで数式などがびっしりと書かれたOHP。討論者がOHPを使うのは珍しいと思います。それで僕が言うのも失礼な話ですが、この方の英語はそんなに上手とは言えなかったのですが、討論は切れまくり。OHPに書かれた数式を追いながら、理路整然と議論を展開していく様はまるで検事が法廷で容疑者を問い詰めているかのようです。まじでカッコよすぎで鳥肌が立ちました。その発表者のミネソタ大の院生はみるみる顔色が変わり、落ち着かない様子になっていくのが分かります。誰の目にも実力の差は歴然。まさに一刀両断で一瞬にして息の根を止めた感じです。そしてこの日本人の方が3つ目の質問に行こうとしたとき、チェアの先生が「非常にエクセレントな討論だが、時間が限られているのでこのへんで」と止めました。結局、ミネソタの院生の反論の機会は与えられず、フロアの聴衆からも"That's enough"(もういいだろ…、そのぐらいにしておけ)との声が上がってました。とにかくカッコ良すぎです。でも僕はこういうことは絶対にできないだろうなあ、と思いました。
 ところでこの発表の途中、人が頻繁に入ってきてはイスをとって隣の部屋に持って行っていました。どうやら隣の部屋は席が足りないほど人が一杯のようです。どうりでこの部屋に聴衆が少ないわけです。それでプログラムを広げて、隣で何をやっているのかと確認すると、"Public Choice and the Law"という僕にはあんまり関係無さそうなテーマで、朝見たときも最初から除外していたパネルでした。でも良く見ると発表者にデュークのマイケル・マンガーの名前があります。しかも単独発表です。人が来るわけです…。
 で、僕の聞いたパネルの方はと言えば、フランス人二人の発表に続いて、東大のI先生の発表です。内容は僕などが評価することはできませんが、こんなすごい先生でも海外に来れば、「裸一貫」なんだなあとつくづく思いました。聴衆の若い教員らしき人からは質問されて、"Are you sure?"(確かか!?)とかぞんざいに言われていました。日本の学会がどんな感じか知りませんが、こういうことはあまり無いのではないかと思います。帰りのエレベーターでこの先生と一緒になりましたが、当然何も話しませんでした。

 それで午後からですが、もっとパネルも見たかったのですが、自分の討論の準備がまだできていません。なので、すぐに自分のホテルに直行して、ジュースとコーンチップスで昼食を済ませ机に向かいました。すると衝撃の事実が!。わざわざ日本から取り寄せて、今回の件ではめちゃめちゃ重宝していた、武藤・小野『投票システムのゲーム分析』がありません。といってもこの部屋から無くなったのではなく、おそらく昨日荷物を入れ替えたときにどこかに落としてしまったのでしょう(昨夜は使わなかったのでわかりませんでした)。これが無いと大変なことになります…。それでも論文読みを進めるしかありません。すると、3時半になって急に理解が進み、地平が開けた気がしました。今までなんでこんなに苦労していたのか、逆にわからないくらいです。それで一旦場所を変えて勉強しようと、昨日のうちに調べておいたスターバックスへ。でもそのスターバックス、閉まっていました。よく見るとダウンタウンのカフェやレストランはほとんど全てと言っても良いくらい閉まっています。きっとダウンタウンといってもオフィス街なので、週末は人が来ないのでしょう。折角、スタバで勉強した後、夕食は中華にしようと思っていたのに、その中華のレストランも閉まっています。仕方なく、唯一開いていた昨日と同じバーガーキングで夕方4時の早めの夕食。しかし、このバーガーキング、客が黒人しかいません。アメリカに来てこんなに黒人に囲まれたのは初めてです。しかもオースチンにいる黒人の人たちとは何か雰囲気が違うような…。ここでしばらく勉強する予定でしたが、とりやめホテルに戻りました。で、現在に至ります。

 前述の通り、武藤・小野『投票システムのゲーム分析』を無くしたのが本当に、すごく痛いです。これがあればだいぶ気楽になれたのに…。とにかく残された時間、精一杯がんばりたいと思います。考えてみれば失うものは何も無いので恥でもなんでもかいてきたいと思います。あと12時間後には全てが終わっています…。

3月24日(月)の昼

 昨日は僕がディスカッサントをする日でした。前の晩は2時半まで論文を読んで論点をまとめ、今朝は5時に起きて、それをメモに書き出します。この論文2本はこの月曜と水曜に受け取ったときは全然理解不能で、絶望しましたが、この数日間必死で格闘した結果、かなり理解できるようになりました(何度も言いますが無くしてしまった武藤・小野『投票システムのゲーム分析』のおかげです)。数日前まではそんなすでに教員をやっている人、しかも一つはかなり有名な人の論文に何かコメントするなんてできない、ほめたおして終わろうと思ったのですが、理解していくうちにいくつかの批判について自信が出てきました。特に2本目の論文については結構「トンデモ」な論文ではないかと思うようになりました。それでここは思い切って、批判することに。一つ目の論文にしても、実は著者は僕が発表をキャンセルしたパネルのチェアで、すでに良い人だと分かっているので、少し大胆に行くことにしました。両方とも論文のテーマは新しい独自のパワー指数の性質についてです。パネルは日曜日朝8時15分という狂気の時間に始まるのですが、8時10分までホテルの部屋で練習をしていました。
 会場に入るとまだ時間ではありませんでしたが、すでに僕以外の人は来ていて、まずはにこやかに握手。チェアの先生には数日前に「ディスカッサントをする自信がありません」メールを送って返事をもらえなかったのですが、このときの感じからすると、わざと返信しなかったのではなくて、やはり本当にこの数日メールをチェックしていないようでした。今回ディスカッサントを一緒に務めるのは、UTでPh.D.をとって現在ミズーリ大学で教えている人です(ちなみにチェアの先生と発表者の一人、つまり僕が発表予定だったパネルのチェアは二人ともUCアーバイン政治学部の先生)。オーディエンスは10人くらい。発表はまず、僕のパネルのチェアだった先生から始まります。この先生はすごい雄弁家で、ユーモアもあってまるでテレビのショウを見ているようです。
 この先生の論文は、まずバンザフ指数(ある政党が勝利連合にからめる割合を数値化)、シャプリー・シュービック指数(ある政党が勝利連合の要となる割合を数値化)などといった従来のパワー指数、およびそれをより現実的にするための各政党の選好に基づく実現可能な連合(feasible coalition)の特定を、政治権力関係の本質を誤って捉えていると批判します。そして代わりに、全ての可能な最小勝利連合の価値を同じとし、それら全ての最小勝利連合におけるそれぞれの政党の重みを勘案した、「市場価値」言い換えればその政党を政権に組み入れるために送る「わいろ」の値段をコンピュータプログラムによって推定します。これは固有の解は存在せず、漸近理論などを使って、収束する点を求めているようです。また従来の、因子分析などを使って各政党の選好を割り出し、それをもとにある種の空間理論によって実現可能な連合のみに分析の対象をしぼるやり方を、"clone sensitivety"という概念を用いて批判します。この"clone sensitivity"という概念はこの先生がこの論文で初めて発表したものらしく、要するに「どのパターンの連合がどのくらい実現可能か」という想定によって、いくらでもパワー指数が変わってしまうということを問題にしています。発表はこの市場価値指数の欧州議会の分析への応用を示しつつ、約25分で終了。いよいよ僕の討論です。まず僕が問題にしたのが、この「市場価値」指数のほかのパワー指数に対する正当化について。この先生によって示された「市場価値」指数が他の指数に勝っているという根拠は全て理論的なものでした。つまりこの指数は他のに比べて、現実の政治過程をより反映しているそうなのですが、では実際、この指数が政治の現実を理解するうえでどのように、他の指数に比べて優れているのか、と聞きました。とりわけこの先生が批判した、実現可能な連合にだけ分析の対象を絞るというやり方について、もしこのやり方を採用しなければ、現実を理解するうえで全く役に立たない指数を計算してしまう可能性があると。例えば、55年体制下の日本。市場価値指数にせよ、他のパワー指数にせよ、普通のやり方で計算した場合、自民党だけで議席の過半数を握っていて、他の野党の全議席を足しても過半数に届かないような状況では、自民党に圧倒的に高いパワー指数、他の政党に圧倒的に低いパワー指数が与えられます。でも、55年体制下の中道政党の一定の影響力を考えれば、このパワー指数は"counter-intuitive"です。そこで因子分析によって割り出された各政党の選好を元に、法案可決において実現可能な連合のパターンにのみ分析の対象をしぼると、自民党のパワーはもちろん高いものの、中道政党にも一定のパワーが認められるようになります。つまりこの先生が例示したような、圧倒的に強いアクターがいないような状況では、連合の無作為性を想定しても実際の解釈上問題ないのかもしれませんが、日本のような場合、致命的になります。また第二に、それに関連して"clone sensitivity"について質問をしました。この先生は連合の無作為性を想定しないやり方は、「アクターの価値は、そのアクターが要となる連合が実現可能な連合のパターンに含まれる確率の関数である」から問題だと言います。でも、僕にしてみればこれがなぜ問題なのか分からない、と。またこの"clone sensitivity"という概念は必ずしもこの「市場価値」指数と切り離せない関係に無いのではないか、と論じました。僕の次はもう一人のディスカッサントが討論に立ち、さらに発表者であるオランダ人の女性の番です。
 二つ目の論文は、フーデ・バッカー指数と言うパワー指数の一般化について。フーデ・バッカー指数は、その名称に含まれる二人のヨーロッパの研究者によって1980年代初頭に発表されたもので、各アクターが最初にもっていた選好がどれくらい実現するか、ということでもってアクターのパワーを測ろうとします。その分析においては社会における力関係を想定することができ、例えば、AさんはBさんの影響下にあり、BさんはCさんの影響下にあり…といった力関係を視野に入れることができます。ただ従来のフーデ・バッカー指数では、一つの公理(Axom)があるせいで、AさんはBさんの"Yes"には影響を受けないが、"No"には影響を受ける、と言った拒否権を含む力関係には応用できませんでした。そこでこの論文では、この公理をスキップできることを証明し、フーデ・バッカー指数を一般化する方法が提案されています。この公理がスキップできるという証明に、かなり数学が使われていて結局あまりよく理解できなかったのですが、結局"So what?"といえる部類の論文だと思いました。それで、いくつか多少数学的なことを含めて論点を用意していたのですが、発表者が発表の中でやたら言い訳を言う中ですでに指摘され、また観衆もパネル参加者もうんざりしていた様子(実際、彼女の発表中に観衆は続々と退席し、一人だけになった)だったので、思い切って討論ではアドリブで別のことを聞きました。まず「なぜフーデとバッカーは、この公理の強い制限にもかかわらず、これを必要としたのか」。さらに「あなたは論文の中で、今までこの指数はあまり知られてこなかったが、もっと広範な関心を得る価値があると主張しているが、なぜそう思うのか」。全く持ってシロウトの質問ですが(ていうか実際にシロウトなんですが)、場の雰囲気的におかしくは無かった気がします。例によってもう一人のディスカッサントが討論した後、発表者の返答へ。まずは二人目の発表者からで、最初の僕の質問に対して彼女が言うには「直接、フーデとバッカーに聞いたんだけど、この公理は自然だと思っていた」とのこと。また二つ目の質問に関しては「最初この指数について読んだときは、かなり興奮してすごい発見をしたように感じたが、この指数について投資すればするほど、その価値が無かったということに気付き始めてがっかりしている」という半ば自ら敗北宣言みたいなことを言いました。続いて最初の先生の返答。「僕の討論が無視されるかもしれない」「鼻で笑われたらどうしよう…」。緊張が走ります。ドキドキしながら先生の言葉を待ちました。そして僕の討論に対して先生は開口一番、「僕はあなたの言ったことにすごく同意するよ、タケシ」。この時点で僕の中では全て終わりました。この先生は良い先生なので、単なるお世辞なのかもしれませんが、先生のこの言葉で今までのことが全て報われ、救われた気分がしました。安堵感と感激が体を駆け抜けます。もう後の話なんて聞いていられませんし、実際聞いていません。この数日のことがまさに走馬灯のように頭をよぎります。心地よい脱力感…。
 パネルは二人という少ない発表者にもかかわらず、だいたい時間ギリギリまでかかって終了。簡単に挨拶をして撤収です。帰りのエレベータの中で、同じくディスカッサントを務めたUT出身の先生に「初めての討論をサバイブできたね」と話し掛けられたのですが、もう何が何だか分からなくて上手く答えられませんでした。間違って下の階に行くはずが上の階行きのエレベータに乗ったり。とにかくこれで日米通じて僕の初めての学会参加、発表者ではなく討論者としての参加という奇妙な学会参加が終わりました。来る前は不安が一杯で、実際初日は押しつぶされそうになりましたが、何とか乗り越えることができたと思います。来たときは「勝ち目のない戦い」というよりも「勝利のない戦い」という感じで、徒労感ばかりでしたが、終わってみると何に勝ったのかは分かりませんが、とにかく何かに「勝った」気がしました。運も良かったと思います。僕がキャンセルしたパネルのチェアの先生がとてもフレンドリーな良い人で、しかも僕が討論をするパネルの発表者だったこと、もう一人のディスカッサントのがUT出身者だったこと、討論が最終日だったことなどこれ以上望むべくもない好条件で、思ったよりも緊張せずリラックスして討論できたと思います。もちろん、自分の出来なさに打ちのめされた3日間でもありました。今回の参加者の中で最低レベルであったことは確実でしょう。でもそれにもかかわらず自分の中ではなぜだか満足です。今回の学会を通じて大いに知的な刺激を受け、自分のしたいことが分かった気がするし、レベルの低い話ですが、数式に対する「抵抗力」もついたと気がします。純粋なフォーマルモデリングは終始証明ばかりで非常に数学的に高度ですが、僕がやりたい計量分析のためのフォーマルモデリングについては、抽象化の度合いが低いためか数学も思考停止に陥るほどには難しくなく、がんばればなんとかなりそうな気がしてきました。あとはこのモチベーションをどこまで維持できるか、です。まだまだ今学期は半ばを過ぎただけです…。

 せっかくなので、その後のナッシュビル観光について少し。パネルが終わるとすぐにホテルに戻り、服を着替えてチェックアウト。モーテルみたいなホテルなので荷物を預けておくわけにもいかず、めちゃめちゃ重い荷物を背負ってナッシュビル観光に出かけました(アメリカにはコインロッカーって無いのでしょうか…)。フライトは5時50分で、3時15分のバスに乗ろうと思うので、時間は5時間くらいあります。この二日間でうろついたあたりが全てだと思っていたのですが、どうやらそれはビジネス街だったらしく、もっと東の方に賑やかな所がありました。川べりの公園でしばしボケーっとしたのですが、小さな桜並木、遊覧船、良い天気と非常に心癒されます。それから地図を片手にカントリーミュージックの殿堂とやらに行くも、15ドル近くの入場料に入るのをやめ、近くの広場で休憩していると、あることに気付きました。ダフ屋が一杯いる。そしてケンタッキー大学、トロイ州立大学、ザビエル大学(←!?)などのTシャツを着た人々。よく見るとNCAAの旗が各所に立っていて、どうやらバスケの試合があるみたいでした。どうやらかなり大きなイベントのようですが、僕はカレッジスポーツには関心が無いので良く分かりません。その会場の横を抜け、荷物がめちゃめちゃ重いにもかかわらずがんばってさらに歩きます。ナッシュビルは教会や古い建物など立派なものが多く見応えがあります。また鉄道が走っていて、その元駅舎(今はホテル)も非常に趣のある立派な建物でした。ナッシュビルといえば鉄道王バンダービルトが作った南部の名門の一つ、バンダービルト大学があります(ちなみにここの政治学部は現在内紛後の混乱期にあり、学生募集を中止しているそうです。また最近のニュースでは政治学部長としてノーステキサス大学から教授が引き抜かれたそうです)。ダウンダウンからは少し離れているようで、今回は荷物が重いため断念しましたが、ぜひ覗いて見たかったです。
 その後、一旦繁華街に戻って昼食をとりました。例によってアジア系が食べたかったのですが、見当たりません。ていうかナッシュビルはアジア人の数が少ないように見受けられます。空港でもどこでもオースチンよりも圧倒的にアジア人の数が少なく、今回の旅行で「どこから来た?」と物珍しそうに話し掛けられることもしばしばありました。結局、仕方なくピザを食べ、みやげ物屋へ。テネシーといえばやはりエルビスです。みやげ物屋にはエルビスのグッズがたくさんあり、フィギアとTシャツが欲しくなりましたが、すんでのところで思いとどまりました。またこのみやげもの屋は、カントリーミュージック展示室みたいなのを併設しており、エルビスゆかりの品数点があったりしました。その後も中心地をぐるぐるとひたすら歩きまわりましたが、趣のある建物、街並みが多く飽きさせません。中でも目に付くのがギリシャの神殿風の建物で、何でもナッシュビルは「南部のアテネ」と呼ばれているそうです(これは市長か知事の趣味!?)。全体的に見てナッシュビルはオースチンと比べて、同じ南部として共通のテイストを共有しつつも、やや洗練されている感じで、健全で非常に住み心地の良さそうな所のように見受けられました。オースチンはナッシュビルと比べると、「アングラ」、「濃い」、「ヨゴレ」という感じがします。これはテネシーとテキサスの関係でも言えるのかもしれません。テネシーはアメリカ的には何となく正統派なのにたいして、なんだかテキサスは「正義の押し売り」、「ゴリゴリの保守」、「不寛容」、「無知」、「力への欲求」など悪い意味での異端であるような。僕的には、テネシー=ゴア(ただしゴアはテネシーの上院議員だったとはいえ「生まれも育ちもワシントンのホテル」と揶揄されます)、テキサス=ブッシュというので非常にしっくり来ます。
 夜景がすばらしかったヒューストンでの乗り換えも含め、飛行機は全て時間通りに飛び、結局アパートに着いたのは夜の11時前。この数日間のハンバーガーとピザばかりの変な食事だったので、御茶漬けが妙においしかったです。写真をアップしましたので、よろしければご覧下さい。

3月26日(水)の夜

 今日は正午からのアメリカ政治のクラスで10枚のペーパーの提出があったのですが、昨日の夜9時の時点で一枚も書けていませんでした。それで昨夜は1時間しか寝ないで、ペーパー書きをし、今朝の10時に完成しました。所要時間12時間。去年だったらおそらくペーパー10枚とかだったら、1週間も前からこつこつとやらないとできなかったでしょう。僕もだいぶ英語を書くのが早くなったのかもしれません。でも悪く言えば、横着になった。明らかにこんなに急いで書くのは良くないことだし、実際今回のもそんな良いペーパーだとは思えません。まあでも今回は学会もあったし仕方がないのかも知れませんが。

 それと経済学部のエコノメトリクスのクラスの成績を出すシステムを通常のABCから、Pass/Failに変更しました。今までにとった単位の20%まではこの方式で成績が出すことができ、不利益は無いそうです。最初は僕も「先生の内証が悪くなるのでは…」と恐れていたのですが、グラデュエイトアドバイザーの先生に相談した所、そんなことは全く無く、むしろ他学部の授業はそうしている人も多いとか。これでエコノメのクラスでBをとるのでは…と心配する必要がなくなりました。とりあえず、単位さえもらえれればそれで良いのです。

 言うまでもなく、今アメリカは戦争をしています。それにしてもテレビを見て思うのが、「アメリカはイラクを侵略しているんだなあ」ということ。イラクの奥地へと攻め入っていくアメリカ軍の姿をみて「正義の戦争」とは直感的に思えません。あと、平和なキャンパスの昼下がりなんかに、「今この時間にもこの国の兵隊は戦っているのかもしれない」と思うとなんとも不思議なような怖いような気持ちがします。留学生の僕でもこうなんだから、家族や友人がイラクに行ってるアメリカ人はこんなどころではないのでしょうか。今回の戦争では、アメリカ兵の死者が500人以上出たら厭戦気分が国民の間に広がって戦争できなくなるそうです。これが今回の戦争が不自然な何よりの証拠ではないでしょうか。そんな500人が死ぬくらいで、厭戦気分ならそもそも戦う必然性が無かったのだと思います。戦争というのは仕方なくやるものだと思います。何人死のうが戦わなければいけないときは戦わなければいけないのです。道を歩いていて誰かに殴られたら、本能的に殴り返そうとするかもしれません。これくらい自然でない限りは戦争をしてはいけないと思います。世論操作、情報操作しないことにはもたない戦争はやっぱおかしいです。ちなみに昨日、テレビでミスユニバースのアメリカ代表を決めるコンテストの模様を放送していて、ベスト8くらいまで残ったミス・テキサスが聞かれてもいないのに、「われわれアメリカ国民は、全員ブッシュの側に立って彼を応援しなければならない!」と力説していました。彼女はその直後の選考で落とされましたが、「あーあ、これだからテキサスは…」と少しブルーになりました。

3月27日(木)の夜

 先ほど学部のメーリングリストにポストされたグラデュエイトアドバイザーからのメールによると、現在までのところ、TA、RAのポジションの増減は−1とのことです。州予算削減でどれだけポストが減らされるか、かなり不安だったのですが、思っていたほどでは無かったようです。これはやはり政治学部が学部生向けの州法で定められた必修のクラスをもっていることが大きいのではないかと思います。テキサス政治かアメリカ政治のクラスを約3万5千人いるundergraduateの学生がとらなければならず、政治学部は年間1万5千人を教えているのだそうです。TAが必要なわけです。聞いた話では、undegraduateに対してたくさんのクラスをオファーしていない、あるいはするとしてもTAが付くような大きなクラスではない、人文系の専攻は今回の予算削減をもろに受け、博士課程学生への財政援助は危機的な状況なのだそうです。

 それと今日は、このHPでも紹介したアメリカの銃社会を厳しく批判した"Bowling for Columbine"というドキュメンタリー映画で先日アカデミー賞を受賞したマイケル・ムーアの4月中旬にある講演会のチケットが配布されるとのことで、朝9時から学生自治会の窓口で配布が始まるというのを8時に行って並んだのですが、結局僕までの間で全部はけてしまってもらえませんでした。やはり彼は大人気のようです。きっと講演会では過激なブッシュ批判が行なわれるのでしょう。行きたかったなあ…。

 ところで、おとついのアメリカ政治のクラスは「合理的選択理論」についてでした。先生は合理的選択理論のアプローチをとらないものの、かなりの程度共感している人で(「均衡」とかの概念を良く使う)、バランスをとるためか、合理的選択理論への批判的な意見の一つとして、雑誌の記事が配られました。それはThe New Republicというリベラル系の政治評論誌の1999年の記事で、よく見ると以前にも読んだことがあります。僕が日本の大学院にいたときにアドバイザーだったアメリカ人からもらったものと同じです。その僕のアドバイザーだった人はバークレーで政治学のPh.D.をとったものの、そのアプローチは完全にqualitativeなもので、というか「仮説の検証」とか、そういう「科学」としての政治学すらも好まないような人で、昨年のサバティカル・リーブのときにはUCLAの政治学部ではなく、歴史学部にいたという人です。労働組合と民主党の関係についての本を出版していますが、たいていその本は政治学ではなく歴史学のコーナーに置かれています。そんな彼は当然、合理的選択論などは大嫌いでした(ただし僕がそういうのを勉強することについては「就職のとき有利だよ」と言っています)。
 折角なのでその記事の内容の一部を拙訳とともに紹介したいと思います。

タイトル
REVENGE OF THE NERDS(オタクの復讐)
Irrational Exuberance(非合理的な繁栄)

・合理的選択理論について
Rational Choice scholars seek to identify universal explanations for political behavior--for example, viting in elections or logrolling in legislatures--by treating it the way phsycists treat atoms and subatomic particles. They make assumptions about political actors' motives, derive mathematical models representing a predictive theory of how those motives will cause people to behave, and then determine whether the predictions hold true by plugging in data--data, in this case, meaning numbers representing such intangibles as one's likelihood to vote, one's place in the ideological spectrum, or, well, you get the idea. The rational choicers believe their quest for universal and logically consistent theories makes them the only true practitioners of political science. As for all the other, more familiar approaches to studying politics--looking at case studies, digging in to history and culture, poring over survey research--the rational choice theorists believe those constitute lesser forms of inquiry: "history," "literary criticism, " or, worst of all, "jounalism."
(合理的選択論者の学者たちは物理学者が原子や原子より小さい粒子を扱うようなやり方で、政治行動、例えば選挙における投票、立法府における協力についての普遍的な説明を探り出そうとしている。彼らは政治的アクターの動機にかんする仮定を設定し、こうした動機がどのように人々を行動へと駆り立てるかについての予測理論を表現する数学的なモデルを導き出し、そしてデータ―この場合、投票する確率、イデオロギー空間における位置など観察不可能なものを表す数字を意味する―を当てはめることによって予測が正しいかどうかを判断しようとする。合理的選択論者たちは普遍的で論理的に一貫した理論の追求が彼らを唯一真の政治学の実践者にしてくれると信じている。他の全てのお馴染みの政治研究のアプローチ、例えばケーススタディ、歴史や文化の徹底した調査、詳細な社会調査などについて、合理的選択論者はそれらは歴史、文芸批評、あるいは、最低な分野であるジャーナリズムなど、より劣った研究方法の一部であると信じている。)

・合理的選択理論の隆盛について
Today, the ascendancy of rational choice is evident in its domination of professional jounals (one percent count put the percentage of rational choice articles in the apsr at about 40 percent), in the increasingly mathematical curriculum standards for graduate students, and in the respect rational choice scholars command in faculty hiring.
(こんにち、合理的選択論の優勢は明らかであり、APSR掲載論文の40%が合理的選択論によるものであることにみられるような学術誌での占有率、またますます増えていく数学重視の大学院生用のカリキュラム、さらに教員募集の指揮を合理的選択論者がとっているという事実がそれを裏付けている。)

 ただし合理的選択論が最初からこのような隆盛を極めていたわけではありません。この記事の中ではウイリアム・ライカーがいかに合理的選択論を広め、ロチェスター大学の地位を高めたかということについて、まるで「プロジェクトX」のように描き出しています。話はライカーがハーバードで伝統的なアプローチで政治学の博士号をとり、ウィスコンシン州のカレッジに就職したところから始まります。そこでライカーはアローの可能性定理に出会い、合理的選択論のアプローチに目覚め、既存の政治学の「報告された観察の形をとった不正確な記述や散文の形をとったより不正確ですらある説明にもとづく」主観的性格を批判し始めます。それがロチェスター大学の目にとまり、1960年代に新設された政治学部がライカーに任されることになります。ライカーのもとで、そのプログラムは数学と論理に重点が置かれるようになり、志を同じくする研究者と学生がリクルートされ、第二外国語の代わりに統計学を必修にするという制度もここから始まったそうです。その結果1965年にはアメリカ教育評議会の調査でランク外だったロチェスター大学政治学部は1970年には14位にランクされるようになったそうです。

・合理的選択論の「聖地」、ロチェスター大学について語った、シェプスリの言葉
"Rochester is the mother ship," Shepsle says. "Its founder...was William Riker.'Commander Riker,' as we like to refer to him. And 'Starship Rochester'".
(「ロチェスターは母船だ」とシェプスリは言う。「その設立者はウイリアム・ライカーだった。”副長ライカー”われわれは彼をそう呼ぶのを好む。そして”スターシップ・ロチェスター”)

とはいえ初期の院生の就職は未だアイビーなどではなく、カルテック、カーネギーメロンなどエンジニアリング系の大学に限られ、現ハーバード教授で当時の院生だったシェプスリの言葉によると、「アイビーリーグの大学はわれわれに興味をもたなかったし、われわれも彼らに興味をもたなかった。なのでマイナーな支流に行くしかなかった。もしわれわれの一人でもメジャーなビッグ10の大学に職を得れれば、それは大ニュースだった」とのことです。アメリカ政治学会も合理的選択論者に興味を持たず、しかたなく、合理的選択論者は新しい彼らの団体、公共選択学会を作ったのだそうです。ただしその後の隆盛はすさまじいものがあり、次々にハーバード、イェールに人材を送り出し、「American Political Science Reviewは"William H. Riker Review"である」とまで言われるようになりました。
 これに対して当然、批判が噴出し、1994年には有名なシャピロとグリーンによる批判があります。また合理的選択論者の問題は、サブスタンティブなことを知らず、undergraduateの学生が興味を持つような授業ができない、ということにもあるそうです。伝統的政治学者の大物の一人と目されるジェームズ・Q・ウィルソン(ちなみに僕の日本での院時代、例のアドバイザーのクラスでウィルソンの本は教科書の一つでした)は、「合理的選択論者は最高裁判決や歴史を読まない。彼らはそのへんに座ってモデルを作るだけなのさ」と言います。また政治学部内においても合理的選択論者の立場は弱くなります。

・ハーバード大学政治学部における合理的選択論派と伝統的政治学者の反目について
Within departments, rational choice scholars have increasingly lost the backing of middle-of-the-road professors who once supported them in the interests of methodological pluralism. Two years ago, for example, Harvard's government department took up the tenure bids of two outside scholars in international relations--both of them rational choicers. It was the last year of Shepsle's term as department chairman, and many professors believed that Shepsle had stacked the three-member search committee in favor of the rational choice approach. Others worried that, with Hunyington and Hoffman nearing retirement, the international relations wing of the department would be almost entirely devoid of traditionalists. While other factors were certainly involved, these two perceptions helped drive moderates who were otherwise sympathetic to rational choice into the camp of the hardended critics. The tenure bids were rejected.
(政治学部の内部において、合理的選択論者たちは、かつて方法論的多元主義への関心から、彼らを支持した中間派の教授たちの後ろ盾をますます無くしてきている。例えば2年前、ハーバードの政治学部は国際関係の分野で二人の外部出身の学者のテニュアの可能性を奪ったのだが、二人とも合理的選択論者だった。それはシェプスリの学部長としての最後の年であり、多くの教授たちがシェプスリが3人の教員募集委員会のメンバーを合理的選択論アプローチの都合の良いように仕組むと信じていた。他の者たちも、近くに迫るハンチントンとホフマンの引退にともなって、学部の国際関係分野にほとんど完全に伝統的アプローチをとる者がいなくなるのではないか、と恐れていた。他の要因が確かにあったとはいえ、これら二つの観測は合理的選択論者に共感を抱いていた中道派の者たちを厳しい批判の中へと追いやるのを助けた。テニュアの提案は退けられた。)

 まあこの記事自体、タイトルからもわかるように最初から合理的選択理論にイチャモンをつけるために書かれているので、偏っているとは思いますが、それでもここに書かれている内容は興味深いです。ただこの中では数学を使うのが合理的選択論の特徴のようにいわれていますが、「数学を使う」は必ずしも必要条件ではないと思います。また最近の情報によると、何らかのトラブルで有力な教授がごそっと抜けたとかで、ロチェスター大学はもはや合理的選択論をやるのに適した所ではないそうです。

 なんか気付けばこんなに書いてしまって、ヒマ人みたいだなあ…。

3月28日(金)の夜

 今日は陸上100m日本記録保持者の朝原宣治さんにお会いしてきました。朝原さんはトレーニングのため2年前からオースティンに在住で、今回はAustin Japan Associationのニュースレターのためのインタビューに応じて頂きました。オースティンでの生活の模様もさることながら、奥様の元シンクロ日本代表の奥野史子さんとの秘話に至るまで色々と楽しいお話を聞くことができました。AJA会員の方は次のニュースレターをお楽しみに。ちなみにお二人とも僕と同じ同志社大学出身でもあります(←だからどうした、と言われそうですが)。

 また今日の午前中はTAをしている大学院の回帰分析のクラスのTAセッションということで、1時間ほど、SPSSのシンタックスとSTATAの使い方のワークショップをもちました。先生はいなくて、実質これが始めての僕にとってのTAセッションとなりました。このクラスの今回の宿題では、Rahn, Wendy M., John H. Aldrich, Eugene Borgia, and John L. Sullivan. 1990. "A Social-Cognitive Model of Candidate Appraisal." Ferejohn & Kuklinski,eds. Information and Democratic Process. Urbana: U. of Illinois Press.の分析のリプリケートが課せられていて、結構手間がかかるやり方で変数を作らなければいけません。そのための基礎を提供するというのがこのセッションの目的です。もちろん、まだまだな面もありますが、正直なところ自分でいうのも何ですが、「結構僕ってできるやん!」という感じがしました。人前で英語を話すことにかんしても、この前の公共選択学会での討論に比べたら、プレッシャーなんて無いに等しかったです。まあもうかれこれアメリカ生活も2年になるんだし、当然と言えば当然ですが。でももっと英語が上手くなりたい!。

3月30日(日)の夜

 昨日ミシガン州立大学のまえださんのホームページを見ると、今日の夕方、男子バスケットボールUT対MSUの試合がある、とのことことだったので、その時間たまたま家にいた僕はテレビ観戦することにしました。それに先立って少し調べてみると、どうやらこの試合は男子バスケのシーズン最後に全米チャンピオンを決めるトーナメントの一試合のようで、この時点ですでに両校とも全米ベスト8ということのようです。先週末にナッシュビルにいたときに見たケンタッキー大学のバスケファンもこのトーナメントの試合の客だったようです。で、試合の結果は終始リードを守ったUTの勝利。僕は超ミーハーなスポーツファン(いや、ファンとも言えないかも)で、高校時代のラグビー部の試合、大学時代のラグビー部の試合、ワールドカップ関連のサッカー日本代表の試合くらいしか、今まで熱心に見たことはなかったのですが、今回のUTのバスケの試合は結構ドキドキしながら楽しんで見れました。やはりスポーツの応援と、愛校心や愛国心は関係があるみたいです。僕は自分ではかなり愛校心、愛国心があるほうだと思います(日の丸、君が代は嫌いですが)。
 あと聞くところによると、UTは、アメフト、バスケ、野球、ゴルフ、水泳などスポーツ全般を総合的に見たときには全米で一番のスポーツ大学だそうです。きっとカレッジスポーツが好きな人にとっては最高の大学の一つなのでしょう。今回のバスケの試合も熱心に応援し、その勝利、つまりベスト4進出を熱狂的に喜んでいる人がいるのだと思います。この試合のあったサンアントニオはオースチンから程近く、ほとんどホームゲームで、テレビに映る観客もほとんどUTファンのようでした。ただ、なぜだか僕の周りにはそういう人はいません。やはり類は友を呼ぶということなのでしょうか…。

3月31日(月)の夜

 今朝の新聞やニュースによると、昨日ダウンダウンで戦争支持のデモが行なわれたそうです。参加者は主催者発表で2500人。僕が参加した反戦デモが主催者発表10000人(報道機関推計7000人)なので、やはり規模は小さいようですが、それでも戦争支持にそれだけの人が集まったということが驚きです。主催したのは、共和党トラビス郡支部やUTの保守系学生団体など。主催者の一人は、共和党支部の代表でUT政治学部の講師のようです。前の反戦集会の主催者の一人はコミュニケーション学部の助教授だったことを考えると、やはりアメリカの大学の先生は政治的にアクティブなのでしょうか。テレビの映像を見ると、"We support Bush!"(われわれはブッシュを支持する)、"Thank God for the military."(神さま、軍事力をありがとう)などすごいプラカードが目に飛び込んできます。参加者の一人が言うには「実際、戦争を支持しているアメリカ人の方が、反対している者よりも圧倒的に多い。反戦デモが目立つのは、反戦活動に生活の全てを捧げるプロの活動家やヒッピーがいるからであって、仕事をもち、地域の奉仕活動に従事するような堅実な生活をしているまともなアメリカ人はそんなにしょっちゅうあんなことできないんだ」とのことです。やっぱテキサスは不可解な土地です。

 それと金曜日のキリスト教系団体のディナーで、イラン人留学生に会いました。彼はテヘラン出身で大学院でエンジニアリングを専攻しているそうです。英語がすごい流暢でした。彼に「中東出身ということで、911以降何か嫌な思いをした?」と聞くと、「全然」とのこと。またブッシュに「悪の枢軸」としてイラク、北朝鮮とともに名指しされたイランの政治について聞くと、「最近は政治はビジネスと同じだ。宗教的理念は関係ない。」とクールなことを言います。別に愛国心とか、国の指導者に対する忠誠心とかは無いようです。かつてはホメイニ師の命令で、イスラム教を冒涜したとされる本の翻訳者を殺すため日本に暗殺者が送られたこともある国だというに…。まあ多分彼は特殊な方だと思います。だって考えてみれば、こんなキリスト教系の団体の集会に来ているくらいですから。

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