|
| 2003年11月の日記 |
|
| 11月2日(日)の夜 |
11月に入ったというのにオースティンは最高気温30度を超える日が続きイライラしています。今日も日が暮れてしばらくしても25度以下にはしばらくなりませんでした。夏に暑いのは良いですが、秋に暑いのは本当にムカつきます。今晩は冷房をして寝ようかなどとも考えています。もっと寒い所が良かった…なんて思う今日この頃です。
イライラの原因としては、エッセイに追われているというのもあります。予定よりもはかどらず、明日正午提出に向けてまだ一行も書いていません。今晩、とりあえず書くことは大まかに決めたので、明日の朝5時からオフィスに行って書き上げたいと思います。それにしても博士課程3年目にもなって宿題やらエッセイやらで中学生のように追い立てられるのはアメリカの院ならではです。これは嫌でも勉強させられるという意味では良いのですが、自分の好きな研究ができないという意味では良いことではありません。つまりアメリカの院は僕のような怠け者にはぴったりですが、すでにしたいことがはっきりしていて十分な基礎研究能力のある人には意味のある場所のように思えません。ただ目先の勉強に追われて、本来感じるべき将来への漠然とした不安に悩まなくて済むという利点もあるかもしれませんが。 |
|
| 11月4日(火)の夜 |
今日は僕がTAをしているクラスで2回目の試験がありました。今回は前回よりも難しく、平均点は50点代前半。試験が終ってしばらくしてメールをチェックすると、早速、抗議のメールが何通か来ており、今晩はずっとその対応に追われていました。一瞬へこみましたが、オフィスアワーで迎え撃つしかないようです。ほんとにアメリカの学生はタフに、自信満々に抗議します。何とか無事終ってくれ…。
あと今日届いたアメリカ政治学会のPS: Political Science & Politicsという雑誌に、僕の同志社の院でのアドバイザーだったアメリカ人のarticleが載っていました。肩書きは"associate dean in the Graduate School of American Studies at Doshisha University in Kyoto, Japan"となっていましたが、事情を知らない人には訳がわからないだろうなあ、と思います。内容は海外にいるアメリカ人のアメリカ政治への影響力についてでした。 |
|
| 11月5日(水)の夜 |
今週の「比較政治行動」の授業のリーディングとして、パットナムの有名なBowling Aloneを読んだのですが、その中でアメリカの各州の「殺人事件の発生率」を表す図がありました。それによるとテキサスは全米2位。ちなみに1位はルイジアナ州。以前、ハロウィーンの夜に銃で殺された日本人留学生の話をアメリカ人の同級生たちにしたとき、誰もこの事件のことを知らなかったのですが、「どこで起こったの?」と聞かれ、「ルイジアナ州」と答えるとみんな「ありそうな話だ」と納得していました。やっぱルイジアナ州はそういうイメージのようです。ちなみにパットナムの指標によれば、テキサス、ルイジアナ両州は"social capital"(経済学の「社会資本」と区別して「人間関係資本」と訳される)の量でほぼ最悪の部類に入ります。
今日のオフィスアワーは、試験について文句を言う学生で溢れるかと思ったのですが、実際は一人しか来ず、その一人も抗議ではなく、答え合わせに来ただけでした。でもメールでは、続々と試験について文句が来ます。他のTAに聞いてみるとやはり事情は同じよう。「今回の試験は授業で習った事を反映していない」、「この試験で学生の理解を測れるとは思えない」と同様の文句を言われているようです。このことを、昨日の日記で触れた元アドバイザーのアメリカ人に「記事見たよ」がてら、メールを出して伝えると、彼が言うには「アメリカ人の学生たちは試験のグレードを車の値段のように考えている」のだそうです。あたかも、「教授が一つのオファーを出して、学生たちが別のオファーを出して、その真ん中で妥協が成立する」ような。あー、これは大変だ。 |
|
| 11月6日(木)の夜 |
来学期の授業の登録期限が明日に迫っているのですが、なかなか決められません。とりたい授業が無いのです。なので結局、カンファレンスコースという個人指導のコースをアドバイザーと仮のコミッティーメンバーの先生にそれぞれお願いしました。アドバイザーの先生には「"empirical test oriented"な"formal modeling"を勉強したい」と伝え、もう一人の先生には「政治行動への"negativity effect"(ネガティブな情報の効果)について勉強したい」とメールで伝えました。それで、アドバイザーじゃない先生からはOKがもらえたのですが、忙しいのかアドバイザーからは返事が無く(前にも書きましたが、彼はリベラルアーツカレッジの副学長をしています)、登録期限に間に合いそうにありません。まあ来学期始まってからも登録変更できるので、それまでになんとかしたいと思います。で、問題は後一つ。僕としては経済学部でゲーム理論のクラスをとりたかったのですが、ハイレベルなクラスしか来学期は開講されておらず、"Econometrics II"もキャンセルとなっていました。できれば基礎的な微分、積分、確率論など数学を勉強したいのですが、適当なクラスが見当たりません。社会学部や公共政策大学院や教育学大学院の方法論のクラスはおそらく政治学部以上に、数学志向が薄いものと思われます。とはいえ数学の大学院レベルのクラスは100%不可能です。ということで、途方に暮れて同級生に相談すると、心理学部で実験デザインの授業があることを教えてくれました。これは面白そうです。僕も一応「政治行動論」専攻として2年間、政治心理学を勉強してきましたし、リクアイアメントも初級の統計学のクラスをとっていること、とあるので十分要件は満たしているはずです。それに今、政治学では実験が流行っているし、自分にとって新しい可能性が開けるかもしれません。ゲーム理論を用いて理論を作り、それをサーベイデータと実験で得たデータの計量分析で実証する、この線は結構いけるかもしれません。とりあえずこれで登録します。
あと今日、某先生から聞いたのですが、その先生は海軍から委託されて研究したことがあるそうです。そのときは研究内容も公にされていたし、研究成果も学術誌に公表する事ができたとか(ちなみに内容は潜水艦とミサイルの軌道がどうの、というものでした)。でもその後、UT政治学部のもう一人の先生とともにCIAから研究を委託されたことがあったそうなのですが、このときは契約により「研究内容は外部にもらさないこと」と定められていて、未だに研究内容は明かせないし、研究成果もどこにも公刊できないのだそうです。もし漏らしたら、「抹殺」でもされるのでしょうか!?。しかし、"publish or perish"などと言われるくらい競争の激しいアメリカのアカデミズムにおいて、そんな公刊もできないし、人にも明かせないような研究をするなんて、どういう訳なのでしょうか。よほどお金が良いとか…。
明日は日本の近現代が専門の歴史学者、ジョン・ダワーの講演を聴きに行ってきます。 |
|
| 11月8日(土)の夜 |
昨日は歴史学者ジョン・ダワーの講演を聞きに行ってきました。ジョン・ダワーは日本の近現代が専門で、1999年(日本語訳は2001年)に出版された『敗北を抱きしめて』でピューリッツァー賞をとりました。この本の中で基本的に述べられているのは、エリートや高級官僚ではない、日本の一般民衆はアメリカの占領を歓迎し、その成果を自分たちのものとして受容していった、ということです。つまり、これは日本の保守派がよく言う「日本の戦後の政治体制や憲法はアメリカの押し付けだ」とする議論に対する反論にもなっています(日本語訳が岩波書店から出ているのも納得です)。で、今回の講演は、"Iraq in the shadow of Japan"というタイトルで、主にアメリカによるイラク占領と日本占領との違いについて説明されました。ちなみにダワーは、ブッシュ政権がが当初、史上最も上手く行った占領である日本占領を意識して、イラク占領を「ジャパンモデル」でやろう、などと言い出したことに対して、イラクと日本はあまりにも違う、と反対を表明しています。この主張は最近のニューヨークタイムズへの寄稿にもなっており、おそらく今回の講演はこれを下敷きにしたものだと思います。
ダワーによれば、イラク占領と日本占領では以下のような違いがあるそうです。 1.日本占領は正統な(legitimate)な占領だった 日本との戦争は宣戦布告があって、両国が戦う意思を持った状態で始まり、最後は日本の無条件降伏で終了した。アメリカが日本を占領することに関して、国際社会もアメリカ人も日本人も疑問を抱かなかった。 2.日本の統治機構は、終戦のときでも官僚制度、議会、警察に至るまで健在で上手く機能していた これを利用することによりアメリカは、日本の戦後統治を効率的に行なうことができた。 3.日本は国内の安全が保証されていた 日本は、人種的にも文化的にも宗教的にも政治的にも比較的均一だった。終戦後、政府を組織する正当性を主張するような亡命政府も政治勢力も無かったし、国家に敵対的な宗教勢力も無かった。 4.日本は国際環境においても安全だった 日本は四方を海に囲まれているし、アメリカが占領することで、ソ連や中国からの脅威を感じずに済んだ。 5.日本には民主政治と市民社会の強い伝統があった 大正デモクラシーなど。また戦争のポジティブな遺産として、総力戦のための動員体制による産業構造の変化があり、これは第二の日本産業革命とでも呼べるものである。 6.日本人は「犠牲者」だとの認識があった 多くの日本人はアメリカによって、「死から解放された」と感じ、消耗していたが「一からやり直せる」と感じていた。 7.日本は戦略的に重要だった 日本は当初、資源も無いし消耗しているし投資の魅力が無い国だと考えられていたが、中国で共産化が進むにつれ、その重要な戦略的役割が注目されるようになり、アメリカの援助が期待できた。 8.ニューディーラーとネオコンの国家観が違う 日本占領を遂行した多くはリベラルで革新的な「ニューディーラー」で、経済発展における国家の役割を認識しており、この強い信念のもと改革を行なった。ネオコンはそういう問題には無関心。
講演が終ると例によって質問タイム。でもあまり盛り上がりませんでした(ちなみにこの講演会はUTの日本学講座に寄付をする三菱重工の提供で行なわれたみたいで、講演会場の最前列には会社関係者、大使館関係者、アジア研究学部関係者が並んでいましたが、一般学生の関心は薄いようで一般聴衆はあまりいませんでした)。僕は講演の前から、ニューディーラーとネオコンの違いについて質問しようと思っていたのですが、講演の中ですでに言われてしまったため、質問しませんでした。でも何も質問せずに帰るのは悔しいので、講演が終った後にダワーのところに行き、個人てきに質問することに。内容は、僕の以前からの持論である、「アメリカ占領以降、日本人にとってデモクラシーの問題とは、自分たちの問題ではなくなり、アメリカやヨーロッパの議論を伺ってばかりで、主体的に議論できなくなってしまった」ということを述べました。ところがどうも僕の英語がまずかったのか上手く伝わらなかったみたいで、「同じことがアメリカにも言える。マスメディアをはじめ、アメリカのデモクラシーも機能していない」などと言われてしまいました。どうやら僕が「アメリカではデモクラシーが機能しているのに、日本では機能していない」と言ったように思われたみたいです…。というわけで、少々後味の悪い講演会ではありましたが、話の内容は最高に面白く、1時間以上だったのにその長さを感じさせませんでした。今まで出席したこの手の講演会の中では一番面白かったと思います。 |
|
| 11月9日(日)の夜 |
今日は日本では総選挙と言うことで、朝6時(日本時間夜9時)に起きて近所の第三の漢氏のアパートに行き、一緒にインターネットのNHKラジオ選挙速報を聞きました(僕のPC環境ははダイアルアップ接続なので到底無理なのです)。やはり二人とはいえ、当落情報にいちいち反応しつつ、色々と政治についてだべりながら過すのは政治好きにはたまりません。ましてや第三の漢氏は元某政党の学生代表だったらしく、今回立候補してる人の中には面識がある人もいるようです。見所はたくさんありましたが比較的マイナーと思われる中で、僕が個人的に注目していた候補者として、以下があります。
・京都3区 泉健太氏当選 泉氏は前回の総選挙では小選挙区に26歳で立候補し敗北したものの、今回は見事当選を果しました。ちなみにこの選挙区は1996年の総選挙では日本共産党が小選挙区で得た二つの議席のうちの一つで(ちなみにもう一つは高知)、寺前巌というカリスマ的な人物の地盤でした。寺前氏は共産党員にもかかわらず自民党支持者からも党派を超えて票を得ていました。 ・新潟5区 白川勝彦氏落選 白川氏は元自民党議員で、自治大臣を務めた経験をもち、自自公連立の際には平沢勝栄氏とともに公明党批判の最前線に立った人物です。それゆえ前回の総選挙小選挙区では、連立しているにもかかわらず、公明党が半ば公然と民主党候補者の支持に回り、落選。その後、自民党を離党し、自分の新党を立ち上げたものの今回は民主党と社民党の支持のもと、選挙区をすでに民主党議員のいる6区から5区に変えて出馬するも田中真紀子氏に惨敗。 ・東京17区 錦織淳氏落選 錦織淳氏は93年の総選挙でさきがけから立候補し当選。首相補佐などを務めるも、96年総選挙では小選挙区で竹下登氏に惨敗。地道な活動を続け2000年総選挙では番狂わせが期待されたものの、直前の竹下氏死去により立った竹下亘氏に敗北。今回は東京に選挙区を移して戦いましたが、平沢勝栄氏に敗北(ちなみに、1996年の平沢勝栄氏の選挙戦をケーススタディーとして描いた本に、朴吉熙.2000年.『代議士のつくられ方』.文春文庫があります。著者は『代議士の誕生』で有名な、ジェラルド・カーチス、コロンビア大学教授の弟子にあたるようです)。
ところで選挙のたびに個人的に思うことがあります。それは「自分はなぜ投票するのか」ということです。投票を説明する政治学の有名なモデルとして、1960年代にミシガン大学の研究者たちによって提唱されたミシガン・モデルと呼ばれるものがあります。それによると、投票には「政党帰属意識」と呼ばれる心理的態度が最も影響力を発揮していて、つまり「自分はDemocratである」とか「自分はRepublicanである」とかの意識が一番投票を説明するということです。この政党に対する「帰属意識」(Identification)という概念はアメリカでは通用しますが、日本ではあまりなじまず、政党支持と呼ばれたりします。もちろんこの他にも、候補者で投票するというpersonal voteとか、争点で投票するというissue votingなど様々な理論がありそれぞれ発展を見ていますが、僕個人の投票行動を説明する上ではやはり政党支持でもなく、政党帰属意識というのがしっくりきます。ミシガンモデルによるとこの政党帰属意識は政治的社会化の過程で身に付くもので、ある意味理屈を超えたものです。僕もこの何かしら理屈を超えたものによって、共産党に投票するのです。 僕の生まれ育った地域は共産党の強い京都でも特に共産党が強い地域で、僕の近所の小学校で新聞社の出口調査のバイトをした知人によると約7割が共産党に投票していたそうです(時間帯にもよるでしょうが)。僕の近所の公園では毎年、共産党主催の祭りが開かれており、共産党が経営する診療所もあります。小学校も非常に左翼的な先生が多く、小学校の卒業式では日の丸掲揚などは当然無く、君が代がたまに演奏されることがあっても教職員も父兄も半分くらいが着席するという状態でした。僕は小学校卒業のときには「君が代、日の丸は悪だ」とか、「戦前の日本は最悪」とか、「日本は韓国、中国にもっと謝罪しなければいけない」などと一点の迷いも無く信じていたし、共産党が躍進する事を心から祈っていました。もちろん中学、高校と進むにつれ、だんだん事情が分かってくるのですが、それでもやはりこの心理的愛着というか、そういうものはとれません。世間に「共産党アレルギー」なるものが存在するとはつゆとも知りませんでした。97年の東京都議会議員選挙で共産党が野党第一党に踊り出たときにはかなり興奮しました。民青に入って活動しようなどと思ったことは一度もありませんが、それでも不破さんも志位さんも好きだし、地元の小選挙区で穀田恵二氏(共産党の国会対策委員長、今回も比例区で当選)に投票することに喜びを感じていました。 でも、考えてみれば今の僕はリバータリアニズムに関心をもつなど、思想的に共産主義とは正反対だし、共産党の政策には魅力を感じないし、歴史観も違うし、共産党は衰退する一方だと思ってるし、共産党の暗い過去や、ソ連との繋がりも知ってるし、投票してもどうせ死に票になることも知っています。でも、やはり僕は投票するとしたら共産党に入れるでしょう。穀田恵二と書くでしょう。もはや、これは「政党帰属意識」でしか説明できないのではないか、と思うのです。人によっては、「政党支持」や「政党帰属意識」というのは一種のトートロジーだ、として、政党帰属意識→候補者評価or争点→投票という経路をたどるミシガンモデルに疑問を呈する人もいますが、僕にとってはすごいしっくりくるのです。まあもちろんn=1だし、何の一般化もできませんが。…どうでも良いことを熱く語ってしまいました。
で、いきなりの矛盾ですが、今回の総選挙、自民党にもっと勝ってほしかったです。 |
|
|
11月11日(火)の夜
|
今日は朝から夕方までずっと授業で、やっと夜に勉強できる時間ができたと思ったら、TAをしているクラスの追試が明日なので、その作成に2時間とられました。受けるのはたった一人なのに…。1ヶ月くらい前からオフィスをメインに使うようになったのですが、なんだか「研究生活」っぽくていい感じです。来学期はカンファレンスコースという個人指導のクラスを2つとるし、もし来学期最初のコンプに受かれば、もっと「研究生活」っぽくなるのではないかと、楽しみです。今までさんざんクラスはとったので、その成果を形にすべく、そろそろ論文を量産体制に入りたいです。そのためにはまずコンプ合格なのですが、受かる気がしないし、そもそも勉強する時間が無い…。 |
|
|
11月15日(土)の朝
|
|
大騒動だったパソコントラブルもようやく一段落つきそうです。原因はわかりませんが、もうこんなの二度と起こってほしくないです。実質的な被害としては、木曜日に方法論のコンプ受験者で結成している勉強会で、僕に割り当てられてた最尤法と多項ロジット、プロビットの過去問の答えが提出できなかったくらいです。これがペーパー締め切りの直前だったら・・・と思うとぞっとします。いずれにしても年末帰国(病院通いのため、コンプ前なのに帰国しないといけない)のときにはパソコンを買い換える必要があると思います。早くチケットを買わないと。
昨日は昼に、デューク大学の先生のプレゼンが政治学部でありました。テーマは東ヨーロッパとラテンアメリカの各国の政党制のstructualizationについてで、主にそれを研究する上での方法論的問題を取り扱っていました。方法論といっても数学的な話はあまり無く、理論的に説明変数が、同一地域内で異なっているが、異なる地域間では異なっていない場合、同一地域内では異なっていないが、異なる地域間では異なっていない場合、同一地域内でも異なる地域間でも異なっている場合など、どのような問題に留意し、どのように研究をデザインすれば良いか、という話でした。正直、抽象的な話が多く、あんまり良くわからなかったのですが、この先生はよっぽど数学ができないか、よっぽど数学ができるかのどっちかなんだろうなあと思いました。あとオーバーヘッドを使っていたのですが、最前列に座った僕でも、小さすぎて読めない字がたくさんありました。この先生はめちゃめちゃ分厚いメガネをかけていましたが、果たして気づいているのでしょうか・・・。
あとテレホンカードを買いにセブンイレブンに行ったのですが、いつも買っていたやつが無くなって、別のカードになっていました。これは日本の実家に短く何回もかけるために使っていたもので、今までのカードは日本へは接続料、維持費が無料で、5ドルで48分話せましたが、新しいのは接続料が一回1ドル以上かかる上、23分しか話せません。結局買わなかったのですが、どなたかこの目的(短い通話を長い期間をかけて何回もする)にかなった良いテレホンカードを知りませんか。
それとパソコンが壊れたせいでメールアドレスを全部無くしてしまいました。今まで僕にメールを送ってくださったことがある方は、何か小さい用事でも見つけてぜひメールをお願いします。特に、留学のためのSOPとレジュメを送ってくれた択捉さんこと、西澤ゼミ後輩のHくんは、コメントを返したいのでお願いします。
|
|
|
|
11月15日(土)の夜
|
|
恥ずかしながら本日二回目の更新です。
UTの国際課のHPを見ていたらアメリカにいる留学生について面白い統計を発見しました。まずアメリカにいる留学生数の国別のランキング(2002年)は以下のとおりです。
1位 インド 66836人
2位 中国 63221人
3位 韓国 49046人
4位 日本 46810人
5位 台湾 28930人
6位 カナダ 26514人
7位 メキシコ 12518人
8位 トルコ 12091人
9位 インドネシア 11614人
10位 タイ 11606人
そして以下はUTにいる留学生数の国別ランキング。
1位 インド 863人
2位 韓国 782人
3位 中国 630人
4位 台湾 234人
5位 メキシコ 209人
6位 インドネシア 133人
7位 パキスタン 125人
8位 日本 118人
9位 トルコ 98人
10位 カナダ 95人
これを見てわかるように、UTは韓国人とメキシコ人に人気があり、日本人に人気が無いようです。アメリカ全体では韓国人留学生対日本人留学生の割合が、1.05対1なのに対して、UTでは6.63対1にまでなっています。UTにおける日本人比率は0.2%で、つまり500人に1人しか日本人がいません。これはなぜかというとやはりテキサスという土地自体、日本人に人気がないのではないかと思います。テキサス州は留学生の数で、カリフォルニア州、ニューヨーク州についで、3番目に多く、アメリカにいる留学生の7.5%がテキサス州にいる計算になるのですが、日本人留学生の7.5%がテキサスにいるとはとても思えません。
ちなみに大学別の留学生の数のランキング(2001年)は以下のとおりです(%は全学生にしめる留学生の割合)。
1位 南カリフォルニア大学 5,950人 20.0%
2位 ニューヨーク大学 5,504人 14.8%
3位 コロンビア大学 5,116人 22.8%
4位 パーデュー大学 4,695人12.4%
5位 テキサス大学オースティン 4,673人 9.2%
6位 ボストン大学 4,412人 15.9%
7位 オハイオ州立大学 4,302人 8.9%
8位 イリノイ大学アーバナシャンペーン 4,287人 11.4%
9位 ミシガン大学アナーバー 4,149人 10.8%
10位 フロリダ大学 3,884人 8.5%
UTは留学生の数で全米5位となっています。ただし全学生数に占める留学生の割合ではそんなに高く無いようで、9.2%というとおそらく上位20位にもランクされないでしょう。留学生率が高い大学として、上記の大学以外にも、例えばペンシルヴァニア大学(17.5%)、ハーバード大学(18.8%)、コーネル大学(15.8%)があります(アイビーリーグ校は他の大学と比べて留学生の割合が高い傾向みたいです)。
またUTの日本人学生の他の国からの留学生と比べての違いとして、学んでいるプログラムの違いがあるようです。Bachelor、Master、Ph.D.として、以下のようになります。
インド 33.8%、39.4%、26.8%
中国 7.3%、25.2%、66.7%
韓国 11.1%、24.6%、63.4%
日本 31.4%、39.0%、28.8%
台湾 16.7%、29.5%、53.0%
日本はインドと似ている一方で、他の三国とは傾向が違います。つまり日本とインドは、マスターが若干多いものの、3つのプログラムの所属割合にそんなに差が無いのに対して、中国、韓国、台湾は、Ph.D.にその半分以上が所属しています。おそらくその国の経済事情、教育事情があるのでしょうが、僕にはよくわかりません。あと、日本は他の国と比べて女子の留学している割合が高いようです。
パソコンが直ったのがうれしくてつい、触る時間が増えてしまいます・・・。
|
|
|
|
11月16日(日)の夜
|
|
授業で指定された関係で、Steven J. Rosenstone and John Mark Hansen. 1993. Mobilization, Participation, and Democracy in America. New York: Macmillan.を2年以上ぶりに読み返しています。出版されたのが10年前とはいえ、すでに政治参加論における「古典」的地位を占めている本です。これまで教育が政治参加に対してポジティブな影響をもっていることは再三確認されてきました。教育を受けることによって人は政治を理解する能力を身に付け、また社会的地位が上がることにより、投票、請願、他人への働きかけなど政治に参加するコストを減らすことができるといわれています。また、平均教育程度はここ40年で飛躍的に伸びています。このことから予測されるのは、ここ40年間の投票率の上昇です。しかし実際は、投票率は下がりつづけています。この「教育程度は上がっているのに、投票率が下がる」というパラドクスを解くのがこの本の目的です。このパラドクスについては、すでにさまざまな政治学者が回答を寄せており、教育程度上昇によるポジティブな効果を上回るネガティブな効果として、例えば政治的有効性感覚、政党帰属意識、政治的満足の低下、政治に対する無責任、政府への不信、政治体制からの疎外感などが言われています。このうち、ローゼンストーンとハンセンは政治に対する無責任、政府への不信、政治体制からの疎外感については、効果が無いと否定した上で、新たに「政党による動員の低下」という要因を挙げます。つまり、人々が組織に属さなくなったことによって、政党による動員力が低下し、その結果教育程度上昇のポジティブな影響を上回るネガティブな影響を人々の政治参加に与えたというのです。例えば、1960年と1980年の人々の投票参加をシュミレーションした結果、教育程度が2.8%、投票者登録法の簡便化が1.8%、それぞれ投票率を上昇させたのに対し、動員の低下が8.7%投票率を押し下げる効果をもち、他のネガティブな要因と含めて、合計で11.3%投票率を下げる影響をもった、と論じられています。
この本はさっきも述べたとおり大変有名な本です。ところが僕はこの本について、前回読んだときのことをあまり覚えていませんでした。それで今回、改めて読み直す過程で、最初のAcknowledgmentのところに僕の同志社のゼミの先生の名前があるのを発見しました。そういえば先生はハンセンと大学院の同級生だそうで、以前「同級生にシカゴ大学の政治学部の学部長になった人がいる」と言っていたのを改めて思い出し、話がつながりました。内容をあまり覚えていなかったことについては、やはり2年前の僕の英語力があると思います。2年前大学院に入学した当時は確か1ページ読むのに20分目標とか思っていた記憶があります。でも今では、どういうわけか1冊を3時間で読めるようになりました。まあ要は英語ができるようになったというよりは、要領をかませるようになった、ということでしょうけど…。
あと、政治参加といえば、政治参加をテーマに来年のアメリカ政治学会に、テキサスA&Mの政治学のPh.D.にいる後輩(同志社学部、院ともに同じゼミで学年が一つ下)と共著でプロポーザルを出しました。彼はズバリ政治参加が専門なので、僕は第二著者としての位置付けです。
それとパソコンを復旧させる過程で、今回は大学から無償で提供されているシマンテックのウイルス検知・駆除ソフトと、ファイアー・ウォールを入れたのですが、昼間3時間くらいネットに繋いだ間に2回も「外部から攻撃され、撃退した」というメッセージが出ました。「トロイの木馬」、つまり相手のパソコンを操るためのプログラムである可能性がある、とのことなのですが、こんなにも頻繁にあるものなのでしょうか。それとも単に、広告のメッセージを撃退したとのことなのでしょうか。
|
|
|
|
11月17日(月)の夜
|
|
昨日の話の続きですが、投票率の低下は一体何を意味するのでしょうか。一般的には、それは市民がより参加にしなくなったことの証拠であり、望ましいことではありません。しかしイングルハートが言うには、それは必ずしも人々の政治的無力感とか政治的無関心とかを表すものではなく、彼によるとむしろ人々は近年どんどん政治参加において積極的になってきているということです。投票率は単に「政党がその支持者を動員する能力」を表しているのであって、そうした古い「エリート動員型」の政治から、「エリート挑戦的」な政治に変わりつつあるのだそうです。例えば、「署名したことがある」あるいは「デモに参加したことがある」人の数は1981年から1990年の間に日本やアメリカを含むほとんどの先進国で増加しています。
この「人々が動員にかからなくなった」という事実は、パットナムが主張する社会関係資本の低下ということに呼応します。というのも、動員は主に社会ネットワークや団体を通じて行われてきたからです(団体や社会ネットワークがが政治色を帯びているという意味では必ずしもない)。人々はますます自分以外の何者にも縛られたくない、でも自分の意志は通したいと思うようになってきています。つまり人々はデモクラシーの考え方それ自体には信頼を寄せつつも、自らの自由を奪う存在としてのエリートや政府、団体など権威に対しては懐疑的になってきており、自らの義務よりも自らの権利により関心を持つようになってきているのです。こういった人々は、イングルハートの言うところの脱物質主義者であり、ピッパ・ノリスのいうところのクリティカルシチズンです。また、社会的にはリベラルで、さまざまな価値観に寛容、経済的にはコンサバで大きな政府に懐疑的という意味で、彼らはリバータリアンとも言えるでしょう(自らをそう呼ぶかは別として)。
それに対してやはり伝統的な見方をする人からすれば、上記のような人々は単なる「自分勝手な、めんどくさがりや」としか写らないでしょう。結局なんだかんだ言っても、投票は最も代表的かつ、全体として最も強い影響力をもつ政治参加の手段であり、その重要性は揺るぐものとは思えません。また投票は「市民の義務」と主張する人もいるでしょう。どちらの意見が正しいかはなかなか判断が難しいです。
ただ僕が思うに、ここには根本的な政治思想の対立があります。それは1980年代に盛んに論争された、コミュニタリアン vs. リバータリアンの対立です。以下に少し長いですが、大まかな枠組みを。人権、福祉、大きな政府を主張するモダンリベラリズムと、過度の人権、福祉、大きな政府に反対するクラシカルリベラリズムとしてのリバータリアニズムは、対立はしていますが、その議論の基礎付けは両方とも個人の権利においていました。リベラリズムの歴史における重要人物である、ホッブズやロックは自然状態という非歴史的仮想空間を想定し、そこからいかに政府が設立さるか、政府の正当性の根拠はどこにあるか、を議論しました。これはつまり、裏を返せば政府はどういうときに正当性を失うかということで、そもそも政府に対して懐疑的であったわけです(ホッブズは懐疑的ではありませんでしたが、個人に基礎を置くというリベラリズムの考え方、枠組みを与えたという点で重要です)。独立宣言や合衆国憲法に見られるアメリカの根本思想もまさにこれです。ここまでの議論は、クラシカルリベラリズムもモダンリベラリズムも共有しています。問題はここから。福祉や所有権以上の「人権」を認めるかをめぐって、「モダン」派が異議を申し立てます。20世紀初頭、市場が全ての弱肉強食的で恐慌続きのアメリカ社会にあってデューイは、「リベラリズムの本旨である、個人の自由を保証するためには、最低限の物質的豊かさを政府が人々に保証する必要がある」として、リベラリズムは大きな政府、福祉国家であるべきとの主張をしました。また現実問題として福祉国家が批判され始めたとき、ロールズはより周到なやり方で、福祉国家を擁護しました(古臭いと思われていた社会契約説を現代版に復活させ、原初状態における「無知のヴェール」のもとで人々が選ぶのは福祉国家だと論じた)。しかしリバータリアンである(と言われていた)ノージックは同様に、仮想的な個人から議論をはじめて、私人間の契約の履行を保証するのと、治安の維持の能力しかもたない「最小国家」以外は道徳的に正当化できない、とこれを批判しました。ウォルツァーやサンデルなどのコミュニタリアンはこの両方に反対します。なぜならが、リベラリズムの議論は、共同体や現実的状況から切り離された「原子的個人」あるいは「負荷なき自己」にその基礎を置いているからです。彼らは現実において人間の存在は、周りの環境と切り離しては考えられない、要するに個人が集まって共同体ができたのではなく、共同体あっての個人なのだ、と主張しました。
果たしてここまで長々と書く意味があったのかはなはだ疑問ですが、要するに僕が言いたいのは、コミュニタリアニズムのように共同体に価値をおくか、リベラリズム(リバータリアン)のように個人に価値をおくかによって、投票率低下の評価は変わってくるだろうということです。ちなみにコミュニタリアニズムは、1992年の大統領選挙のときに、クリントンが"Family Value"をはじめとする伝統的価値観を重視する保守派を取り込むために利用しました。つまり単純化していえば、社会的にコンサバで、経済的にリベラルなコミュニタリアンは以下の図のように社会争点でコンサバ寄りの立場をとります。しかしこれはリバータリアンに言わせれば「権威主義者」ということになります。いずれにしても、コミュニタリアニズムとリバータリアニズムは従来のリベラルとコンサバの中間として、社会的争点の重要性が大きくなるにつれて、顕著になってくるのではないかと思われます。つまり社会的にリベラルな保守派はリバータリアンに、社会的にコンサバなリベラルはコミュニタリアンに。これはまたイングルハートやフラナガンが指摘したポイントでもあります。

しかし、ずいぶん話が最初と脱線してしまいました・・・。それにこんなに長々と書いている場合じゃないのに・・・。
あと年末に帰国する航空券を予約しました。12月18日離米、1月5日離日を希望したところ、18日に関してはとれたのですが、5日はキャンセル待ちとなりました。一応9日の便は押さえてあります。コンプは1月12日〜16日の間に行われる予定なので、9日帰米となると時差ぼけなどで相当苦しくなると思います。ていうか、こんなコンプを前にした時期に帰国すること自体「相当苦しい」のですが・・・。
|
|
|
|
11月18日(火)の夜
|
|
昨日の話ですが、僕のオフィスに体の大きなアメリカ人学生が来ていました。同室の韓国人TAに会うためです。話を聞いた限りでは、どうやらこの学生はフットボールの選手らしく、今まで13回欠席したが、そのうち何回はクラブ関係で正当なものだったか、ということについて話し合っていました。もし13回も休んでいるとなると、いくら良い成績でもDです。部活で公欠となるには、公式書類が必要なのですが、この学生は「教授もTAも自分がフットボールの選手であるということを知っている」ということで、そういう手続きをしなかったので、13回も欠席が記録として残ってしまったようです。彼は非常に紳士的で、全く威圧的ではありませんでしたが、こんなにゴツイ人を相手にするのは、TA(ましてや留学生TA)としては大変だなあ、と二人のやりとりを聞きながら考えていました。
ちなみにフットボールといえば、現在テキサス大学は全米記者投票のランキングで7位のようです。成績は8勝2敗。負けたのはアーカンソー大学(ランク外)とオクラホマ大学(1位)です。先週末はテキサス工科大学(ランク外)に勝ったのですが、ランキングは一つ下がりました。この辺のシステムを含めてアメフトというのは実にアメリカ的だなあと思います。
|
|
|
|
11月21日(金)の朝
|
|
水曜日の晩は、今学期以降はタブーとしていた徹夜で、TAをしているクラスの試験問題を作っていました。そして昨日の朝9時半に先生にそれを見せると、今回は1発OKで、少し問い方を修正したくらいで印刷に回すようにとのこと。一応これで今学期TAとしての主な仕事は終了です(あとは苦情処理くらいか)。先生は僕に最大限のねぎらいの言葉をかけてくれた上、今学期のTA評価には最高評価をつけてくれるとのこと。また、もし次の秋学期同じクラスのTAが必要な場合は、ぜひやってくれるように、とも言ってくれました。
ちなみに、学部の事務の人から聞いたところによると来学期は僕は「アメリカ政治」のクラスのTAだそうです。いよいよ来たか、という感じです。といっても、理系も含めた全学生への必修科目の「アメリカ政治」で、要するに入門科目です。一応僕は、修士号は「アメリカ研究」(American Studies)で、フェデラリストペーパーズなどアメリカ政治(「アメリカ政治学」ではない)の基本的な文献は読んできたし、UTでも大学院のアメリカ政治のコアのクラスはとっています。この際ですからアメリカ政治を教科書的なことから、現代的なこと(インディアナ州出身の民主党議員の○○がどうの…など)まで一からみっちり勉強し直したいと思います。
あと、チケットがとれて帰国日程が定まりました。12月19日(金)に大阪の伊丹空港に降り立ち、1月4日(日)に同じく伊丹空港から帰米の途につきます。ただしぎりぎりだったためか、席も窓側も通路側もとれず、日本行きはサンノゼ経由ではなくダラス経由(後者の方が成田行きの時間が長い)だし、帰りは成田で8時間待ちとなります。しんどい旅行になりそうです…。
いきなり勉強の話ですが、投票をめぐってはもう一つ別の謎があります。それは合理的選択モデルの観点からのもので、「投票は非合理的なのに、どうして人は投票するのか」ということです。投票の合理的選択モデルは以下のように表されます。
投票することによる報酬=(自分の一票が勝敗を決する確率)×(候補者の違い)+義務感−投票コスト
もし、参加することによる報酬が0よりも大きければ、人は投票するとこのモデルは予測します。また候補者に違いがあって、「絶対にこの人に勝ってもらいたい」というのがあったり、義務感が強くて「投票した」ということによって市民の義務を果たした、との満足感を得られれば、その有権者の投票確率は増えます。逆に候補者間に違いが無く、誰が勝っても同じ、という場合には投票確率は下がります。
ところが問題は、自分の一票が勝敗を決する確率は常に極端に低いということです。つまり、自分が心に抱いている候補者がいたところで、彼を自分の一票によって勝たせることのできる確率はほとんど0です。このことからの当然の帰結は、「投票は合理的ではない」つまり上記の効用関数によって投票という行動は合理化できない、したがって「誰も投票しない」ということです。でも現実には投票している人がいる。人は義務感だけで投票していないとして、それはなぜか?というのがここでの問題です。これに対して政治学者のオルドリッチは「投票は多くの人にとって低利得、低コストの決定だ」と述べることで解決しようとしています。
ただ根本的な疑問として、僕が思うのが「要するに問いの立て方自体が間違ってるのではないか」ということです。いくつかのゲーム理論の教科書に書いてある基本事項として、「効用は選好によって与えられる」というのがあります。つまり考え方としては、「彼にとって投票の効用は棄権の効用よりも高い」なぜなら「彼は投票したから」であって、「彼は投票する」なぜなら「投票の効用は棄権の効用よりも高いから」ではないはずです。観察可能な選好をもとに、効用関数が作られるというのが基本のはずです。ところが、この投票参加のパラドクスのモデルが提起する疑問はまるで、「選好は効用によって与えられる」と前提しているかのようです。「棄権の方が投票よりも効用が高いのに、多くの人が投票するのはおかしい!」という疑問自体おかしいのではないかと思うのです。このモデルによって現実を説明できない、というのは単にこのモデルが間違っているというだけなのではないでしょうか。
とはいえ、この投票の合理的選択モデルを作ったダウンズや、ライカーやオードシュックはこの道の超大物ですし、この疑問に答えを出そうとしたオルドリッチも現役世代の第一人者の一人です。きっと何かどこかで僕が考え違いをしているのかもしれません…。
|
|
|
|
11月23日(日)の夕方
|
|
日本人会のBBQと、データ分析で大忙しの週末でした。金曜日は朝から「比較政治行動論」のペーパーのためのデータ分析をし、午後からBBQのための買出しに参加。会長宅での食材の下ごしらえを済ませた後、夜10時にオフィスに戻って2時までデータ分析。翌朝、7時に再びオフィスに来て9時まで作業したのち、BBQの準備に会場に行きました。使っているデータは、Comparative Studies of Electral Systemsという、19ヶ国の選挙データが入った、総ケース数3万を超える巨大なものです。それで、そのデータが集められた各国の選挙の時の、与野党の構成などを調べているのですが、思いのほか時間がかかります。リトアニアの選挙制度、与野党構成なんて知らないし。こういうことはきっと、比較政治の一般理論などを勉強している人は慣れているのでしょう。今回は授業の性質上、Comparative Political Behaviorのペーパーを書きますが、僕は一応、博士論文はAmerican Political Behaviorで行きたいと思っています(まだまだ先のことですが)。
写真館のページを更新しましたのでよろしければご覧ください。
|
|
|
|
11月24日(月)の夕方
|
|
昨夜は引き続きデータ分析を行い、一通り結果が出揃いました。悪くありません。ただし、予備的分析としてクロス表を作っていたのですが、一つの国だけ予想とは違うパターンが見つかりました。その国とはウクライナです。

この表を見てわかるとおり、経済が悪くなったと思えば思うほど、また民主政治に不満足であればあるほど、現職に投票する傾向が伺えます(カイ二乗検定の結果、統計的に有意です)。これは明らかに他の国と逆パターンで、理論的に説明することができません。現職とそれ以外のコーディングを間違えたのかと思ったのですが、そうではありませんでした。僕が見ている文献が間違っているという可能性もありますが、何せウクライナ政治のことですので、情報が少なく、このことを確かめられるような他のソースが見つかりません。仮に現職のコーディングが間違っていないとして、何が考えられるか。旧共産党アレルギーのため、経済が悪いからこそ自由経済志向の改革を目指して、現職の非共産党系政権に票を入れる、あるいは民主政治に満足しないからこそ、改革を目指す現職に入れるということでしょうか。ただし選挙が行われたのが1998年であるということから、共産党の影がまだあるのかどうか、疑問が残るところです。いずれにせよこの場合、悪い経済も悪い民主政治のあり方も、現職のせいではない、という認識があるのでしょう。とにかく問題は、僕がウクライナの政治について何一つ知らないということ。正直、あまりにも例外的なので、理論が許せば分析からは除外したいなあ、と思っています。
|
|
|
|
11月25日(火)の夜
|
|
今日の授業が終わった時点で、実質的にサンクスギビングホリデーの始まりです。祝日が少ないアメリカにあって、貴重な休み。もちろん勉強以外する予定はほとんどないのですが開放感で一杯です。思えば、1年目のときはこの種の開放感を毎週味わっていたように思います。つまり毎週切羽詰って追い詰められて、何とか乗り切ったということの繰り返しでした。それが今ではあまり精神的にも時間的にも追い詰められることなく、余裕を持ってできるようにないりました。単にサボっているだけ、ということかもしれませんが、僕としては成長したんだと思っています。英語に慣れたということもありますが、2年前より効率よく集中して長時間勉強できるようになったし、やはり2年間の勉強生活は無駄ではなかったと思う今日この頃です。
今日の時系列分析のクラスでは、Time Varying Parameter Regressionというのを習いました。つまり時系列分析では、通常その期間中、一つの変数の影響は一定=その変数の係数の値は変わらない、という想定のもとパラメターを推定しますが、それがある時期には弱く、ある時期には強いと想定するのは自然なことです(特に期間が長い場合)。それで例えば、この先生がパブリッシュした論文の一つでは、1872年から1996年のアメリカ大統領選挙での現職の得票率を従属変数に分析を行い、1916年以前は経済の変数が効いていないのに対して、それ以降は効くようになったという結果を得ています。またこの先生の違う論文では、20世紀初頭の大統領選挙では汚職は、大統領の得票率と正の相関をもっているのに対し、それ以降は逆に負の相関があるということが論じられています。つまり20世紀初頭のアメリカにおいては、経済の良し悪しは大統領選挙の結果に影響を与えず、また大統領が汚職に手を染めれば染めるほどその得票率が上がるというわけです。これに対して、先生は「20世紀初頭のアメリカではマシーンに代表されるようなclientelismを特徴とする社会ネットワークによって人々は投票しており、国全体の経済や、大統領が汚職しているかどうかは問題にならなかった。むしろ汚職はそれだけ人々に利益を与えたという証であり、その分だけ得票が増えた」などという説明を与えています。また僕と同じアドバイザーの指導のもと、数年前にUTでPh.D.をとった日本人の方の博士論文では、日本でもclientelismを特徴とする社会ネットワークが強い農村部では、経済投票は行われず、個人投票によって投票行動が説明でき、逆にそうしたネットワークが希薄な都市部では個人投票は行われず、経済投票が行われると論じられています。
TAをしているクラスはいよいよ大詰め。もともと数学が苦手な人が多い政治学専攻なせいか、多くの人があまり理解していないように見受けられます。今日の授業では、完全ベイズ均衡という次の試験で最も難しいと思われる概念が教えられたのですが、出席率は半分くらいでした。みんな「どうせ授業に出てもわけがわからない」とあきらめているのだと思います。ちなみにこの授業で習った均衡概念は、ナッシュ均衡(pure and mixed strategy)、サブゲーム完全ナッシュ均衡、ベイズナッシュ均衡、完全ベイズ均衡の四つです。
|
|
|
|
11月26日(水)の夜
|
|
サンクスギビングの休みですっかりキャンパスは静まり返っており、僕のオフィス周辺も全く人気がありません。今日の午後はオフィスアワーがあり、試験も近いということで特別に4時間のオフィスアワーをもったのですが、二人ほど来るといっていたのにもかかわらず、結局誰も来ませんでした。僕は今夜もオフィスに「出勤」です。最近はなかなか調子が良いのでできるうちにいろいろとやっておきたいのです。
コンプの日程が決まりました。まず方法論が1月14日。そして政治行動論が22日です。悪くありません。僕がアメリカに戻るのが5日ですので、時差ぼけもまあなんとか解消されているでしょう。あいかわらず全然準備ができてなくて、受かる気が全くしませんが。
それと来学期のTAのクラスが決まりました。「大統領選挙の過程」です。先日グラデュエイトコーディネーターから知らされていた、自然科学専攻も含めた全学生必修のアメリカ政治入門のクラスではなく、政治学専攻の3、4年生がとるクラスです。当然内容も高度になりますし、何よりもアメリカ政治入門クラスだとTAが2、3人になってその中には当然アメリカ人TAも含まれるのですが、このクラスではTAが僕しかいません。これは大変なことになりそうです。しかし、日本人がアメリカ人にアメリカ政治を教えるというのは本当に良いのでしょうか!?。しかも来年は大統領選挙の年です。僕も一杯勉強しないといけないでしょう。現実の政治の動きを見るためにも、テレビもやっぱ買うべきなのかもしれません。
|
|
|
|
11月28日(金)の朝
|
|
昨夜は第三の漢氏とともに、政治学部の先生の家のサンクスギビングディナーに招待されて行ってきました。ターキーは二種類用意されていて、一つは伝統的なオーブンで焼くもの。もう一つは南部名物のディープフライといって、ピーナッツオイルで七面鳥を丸揚げするというもの。違いは…あんまり良くわからなかったです。伝統に従って、クランベリーソースかグレイビーをつけていただきました。しかし、この「肉に甘いジャムを塗って食べる」というのはどういう発想なのでしょうか…。
他の参加者としては、アメリカ人の院生が一人と、留学生の院生とその彼女が来ていました。その留学生は僕の1年先輩で、ずっとメキシコ人だと思っていたのですが、聞くとキプロス出身だとか。キプロスといえば東地中海に浮かぶ島国でおそらく人口100万人いないのではないかと思います。そんな国の人と会えるなんて余程の確率でしょう。でも彼の英語は非常に上手です。話によると高校はイギリス、大学からアメリカだそうです。身なりもちゃんとしてるし、毎年夏には帰っているというし、きっとお金持ちの家出身なのでしょう。同期のトルコからの留学生にしても高校はスイスで英語で教育を受けたと言っていたし、やっぱこういうあまり経済が発展していない国から留学できるのは金もちじゃないと無理なのかもしれません。僕の従来からの仮説は、「日本人は最も貧乏な留学生である」ということです。というのも日本は経済的に発展しているから、家が特に金持ちじゃなくてもアメリカに留学できる(おそらくUTに留学するほうが、下宿して東京や京都の私大に通うよりも安上がりだと思います)。結果として庶民の子が留学するので、アメリカにおいては、基本的に金持ちしか留学しない貧しい国々からの留学生よりも貧乏になってしまいます。僕の周りでは、車持ってない率は、日本人が圧倒的に高いです。
ところで僕が来学期TAをするクラスの先生についての評判をいろいろな人に聞いてみたのですが、その先生、どうやら何でも自分でしたがる先生のようです。自分で採点して、自分で学生の相手をしてという感じで。TAは授業にすら来なくて良いらしいです。僕が話を聞いた院生は「ラッキーだなあ。うらやましいよ」と言っていました。なんかせっかく気合が入ってたのに、複雑な心境です。
|
|
|
|
11月29日(土)の夜
|
|
昨日は午後は勉強をさぼって、チャリで近くのショッピングモールに行ってきました。スウェット一枚でチャリをこいでちょうどくらいの、最高の気温です。天気もすごい快晴。ただこれはあまり人に納得してもらえないのですが、テキサスの青空はいくらきれいでも、どこか煙がかかっているというか、はっきりしません。僕が今まで見た最高の青空はミシガン州アナーバーです。透明度100%の澄み切った青空…。テキサスは環境規制が全て「企業努力」に任されていて、大気汚染度では全米一です。やはりそのへんが関係しているのではないかと思うのですが…。
モールは例によって黒人やヒスパニックが多いです。家族連れで来ています。きっとモールに来ることが彼らの休日の家族の娯楽なのかもしれません。オースティンの人口の少なくとも1割は黒人のはずなのですが、キャンパス周辺ではほとんどみかけません。でもモールでは3〜4割は黒人なのではないかと思います。コンバースのオールスターを買いたくて、何軒かスポーツシューズ屋を覗いたのですが、どこも同じようなハイテク系のゴツゴツとした靴ばかりです。このモールはスポーツシューズ屋が多く、8軒くらいあるのですが、どこも黒人率が高いです。それでおそらく置いてある靴も彼らの好みに合わせてあるんだと思います。結局、良いのが無くて買わなかったのですが、オールスター欲しい…。
それで今日は心を入れ替えて、朝からペーパーに取り組みました(といっても午前中はマインスイーパにはまってしまいましたが)。現在夜の8時前で半分くらい完成です。今晩は11時までがんばって、8割方完成にもっていきたいと思います。しかし、いつものことながら自分の議論のうさんくささには、書いていて嫌になります。
|
|
|
| トップに戻る |
| トップページに戻る |
|
|