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| 2004年9月の日記 |
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9月2日(木)の昼
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ゲーム理論入門の授業ですが、これまでに政治学部で習ったゲーム理論の内容をより数学的にやるという感じで、今のところ楽しんでいます。なるほどなあ、この背後にはこんな風に厳密な数学的な裏づけがあったのかあ、とアホみたいに感心しています。正直、僕は性格的にこういうのは無理そうです。こんなに厳密になれませんし、「どーでもいいやん」と思ってしまうのです。理論としての厳密さ、論理の厳密さそれ自体に興味がある人でないとついていけない世界のような気がします。僕がTAをしている「決定理論」のクラスでは、今「アローの不可能性定理」をやっているのですが、ほとんどの学生は「これのどこが重要なのか」と思っているのではないかと思います。これは単なる数学上の遊びではないかという風に。まあ僕が今関心をもって取り組んでいることを否定するのはよくないと思いますが。
ちなみに今日はそのゲーム理論入門のクラスの最初の宿題の提出日で、その問題はほとんど「頭の体操」のような問題だったのですが、提出のときふと隣の経済学部の中国人の回答を見ると、僕が文章だけでだらだらと書いているところを、ほとんど英語を使わず、数学だけで簡潔に書いています。この回答を一体どのようにしたら数学的に表現できるのか。僕には現象を数学の言葉で表すことができないのです(それがフォーマルモデルを作るということですが)。今学期が終わるころには、せめてその真似事だけでもできるようになりたいものです。
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9月3日(金)の昼
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リバータリアン系の政治雑誌reasonの最新号(10月号)に、「ジョージ・W・ブッシュを解任する10の理由(およびケリーがこれらの点で良くはないだろうという9つの理由)」という特集記事がありました(ちなみにこのreasonは、民主党、共和党の両方に対して批判的ですが、リバータリアン党を好意的に取り扱っているものの前面応援しているわけでもありません)。それは以下の通りです。
1.不明確な拘留
911以降、アメリカ政府は1000人以上を移民法の些細な違反で投獄し、彼らがテロリストと無関係であることが明らかになった後でも、時に弁護士に接見することも許さず不明確な理由で拘留し続けている。
2.アブグレイブ
アブグレイブ捕虜収容所における拷問は、上層部が関与している。
3.全てにおける保護主義
ブッシュは鉄鋼から海老まで様々な製品に対する関税を課すことで、政治的に重要な産業を保護するため、消費者の利益を犠牲にしてきた。
4.愛国者法
この法は、正当な理由無しに通話記録やインターネットの交信記録を調査することを政府に対して許すものである。
5.言論に対する戦い
ブッシュは、選挙の前の数ヵ月にわたって政治言論に規制をかけるマケイン―ファインゴールド選挙資金改革法案に署名した。
6.イラク戦争
イラクにおけるアメリカ軍の存在は世界中のテロリストを一箇所の隔離された場所に引き寄せるという「ハエとり紙」の役割を果たしている、という馬鹿げた議論があるが、そのハエとり紙にくっついている最も大きなハエはアメリカそれ自体である。1000人以上の軍関係者がアメリカを一度も脅かしたことのない国を侵略するために殺されている。
7.秘密主義の文化
ブッシュ政権は機密文書の数を倍化させた。情報開示法に基づく開示請求にはできる限り拒否している。
8.「酔っ払いの水夫」
ブッシュ政権は、ここ30年で最も早いペースで連邦政府による支出を増やしている。国内の自由裁量による支出は25%増加した(クリントンでも8年間で10%)。
9.神権政治主義者を増長させた
ホワイトハウスはキリスト教原理主義者の熱狂によって運営されている。
10.ブッシュはケリーを魅力的に見せている
しかしケリーもブッシュと同様、愛国者法、およびマケイン―ファインゴールド選挙資金改革法案に賛成票を投じているし、捕虜虐待を擁護しているし、政府はもっとカネを使うべきと考えている。ブッシュよりも悪い点として、ケリーはブッシュ以上に保護主義者であるし、ブッシュよりも銃規制に熱心である。一方、ブッシュよりも良い点として、宗教右派とは関係ないし、アブグレイブの捕虜虐待の責任も彼には無いが、それ以外の点では何一つ改善は望めない。
以上からわかるとおり、リバータリアンの立場としては、ブッシュ、ケリーとも大きな政府を志向し、個人の自由を奪うという点で同様に悪いのです。リバータリアンと呼ばれる人たちは、僕の見たところ、WASP(White, Anglo-Saxon, Protestant)というアメリカの文化的主流からは離れたところにいる人々で、信仰を持たない、往々にしてヒスパニック系、非WASP白人が多いような気がします。だから彼らは民主党、共和党というアメリカの主流派の支配する政府には懐疑的で、個人の自由というものを重視するのではないでしょうか。彼らは移民の問題にも寛容ですし、政府の枠組みを超えた地球規模での自由貿易の進展にも賛成です。国があって自分があるのではなく、自分があって国があると考える人々です。
それにしても以上の批判点、「経済が悪い」などという経済問題が入っていないのが興味深いです。そう、アメリカは現在少なくとも不況とは言えないのです。
あと共和党全国大会でのシュワルツェネッガー知事のスピーチがまさに現在の共和党ブッシュ政権の考えを簡潔に表現していたように思います。
もしあなたが、国民が政府に対して説明責任を果たすのではなく、政府が国民に説明責任を果たすべきだと信じるのなら、あなたは共和党員だ。もしあなたが、人は、利益団体のメンバーではなく、個人として扱われるべきと信じるのならば、あなたは共和党員だ。もしあなたが、自分の家族が政府よりもあなたのカネをどう使うかについて知っていると信じるのならば、あなたは共和党員だ。もしあなたが、われわれの教育制度が子どもの成長に責任をもつべきと信じるならば、あなたは共和党員だ。もしあなたが、国連ではなくこの国がデモクラシーにとって世界で最も大きな希望であると信じるのなら、あなたは共和党員だ。そして、みなさん、もしあなたが、われわれは強く、容赦なくテロリズムを終わらせなければならないと信じるのなら、あなたは共和党員だ。
リバータリアンならこれのどの部分に同調し、どの部分を批判するでしょうか?
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9月4日(土)の昼
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例によってコープに1週間の食料を買いに行ったのですが、やはりオーガニックは高い!特にりんご。量り売り4つで3ドル59セントもしました。質の悪いスーパーで買っていたときは量り売り6つで2ドル50セントくらいです。しかもオーガニックはツヤもないし痛んでるし、見栄えが悪い。何とかならないもんかなあ、と思います。「オーガニック人」でいるのはなかなか金銭的に大変です。
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9月5日(日)の夜
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という、期待効用定理の証明を勉強しています。この定理は、決定理論、ゲーム論の考え方の基礎になる、「各結果の効用値×その結果が起こる確率」を計算して、各結果に関する「期待効用」を求めるという考え方を正当化するのに必要なのだそうです。しかし僕の正直な気持ちとしては「文句言わないっす…。もうそういうことで良いっす…。」という感じです。僕は確率論や集合論の基礎が決定的に欠けているので、その証明に使われる概念からつまずいてしまいます("the Borel σ-algebra"って何ですか?)。まあ苦労するからこそ、このクラスをとった価値があるというものですが。何かこの証明を理解する上でコツみたいのは無いでしょうか。
この週末は明日のレイバーデーも含めて3連休なのですが、全く用事が入っていません。正直孤独を感じます。カフェで勉強していても誰か知っている人が来ないかなあ、この後一緒にご飯食べれないかなあ、などと考えてしまいます。この夏、友人からもらった萌え系アニメのDVDを勉強の合間に一人パソコンでニタニタ見ていると、ふとした拍子に泣きたくなります。まあこの孤独に耐えて勉強するというのが、院生生活のある意味での醍醐味なのでしょうが。
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9月7日(火)の夜
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昨夜は3時までゲーム論の予習復習をして、今朝の授業に臨んだところ、今までよりも理解でき、少しほっとしました。考え方のコツさえ掴めば何とかなるような気がします。効用関数がどうやってできているのかが少し分かったことで、一気に理解が進んだように思います。今まで文章で長々と説明していたことを記号を使って数式で小さくまとめてしまう方法には感心します。で、経済学専攻の院生の方から頂いたメールにもあったのですが、僕はやはりミクロ経済学理論を少し勉強する必要がありそうです。というのも、この授業はどうやら2年目の経済学部の院生がとるように想定されているらしく、ミクロ経済学の履修が前提とされているようなのです。僕は大学院レベルはおろか、学部レベルでもミクロ経済学を勉強したことがありません。大学3年次に早稲田の政経学部に「国内留学」したときに、「経済学入門」という授業をとった中にミクロ経済学の内容が少し含まれていたくらいです。というわけで、これから図書館に行ってミクロ経済学の教科書の良さそうなのを借りて来ようと思います。先ほどオンラインで調べたところ、シラバスの参考文献にあったり、良いと評判のものはすでに借りられてしまっているようですが。しかし「ミクロ経済学を勉強しなければいけないことに気づいた」とか「定式化の方法に感心した」など、我ながらレベルの低い話を書いていて、恥ずかしい限りです…。
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9月8日(水)の昼
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またしても自分の無知さ加減を暴露してしまうようで恥ずかしいのですが、von NeumannとMorgensternの期待効用理論=効用理論ではないのですね。昨日図書館で調べものをしていてそのことに気づきました。von NeumannとMorgensternの期待効用理論は、不確実性を考慮に入れた効用理論の一種で、他に数多くの効用関数が開発されていると。そのためか、僕の知りたいこと(von NeumannとMorgensternの期待効用定理の証明)は、たいがいのミクロ経済学の教科書には載ってなくて、結局、Peter C. Fishburn. 1982. The Foundations of Expected Utilityといった期待効用理論の専門書みたいなのを借りなくてはいけませんでした。かといってもちろんそのような高等な数学を僕が理解できるはずもなく、まあ自己満足です。それにこれらの本では集合論などについて詳しくは載ってないので、そういう系の本を検索すると、大学のメインの図書館には無く、物理学・数学・航空工学図書館にしかないことが分かりました(数学系はすべてここにあるらしい)。でもわざわざそこまでする必要ないしなあ、ということで断念。我ながら実に志の低いことです。今の僕にとって他に勉強すべきことは確実にあります。
今年の日本は台風の当たり年のようですね。オースティンのローカル局の天気予報でも、日本には今年これまで7つ台風が来ていると言っていました。
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9月10日(金)の昼
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今学期は「アメリカ大統領制」の授業もとっているのですが、この授業には少し不満があります。というのも、指定されている文献の研究アプローチが偏っているように思えるのです。方法論的にゲーム論を使ったり、計量を使ったりする大統領制研究の文献がほとんどありません。テキサス大学政治学部のアメリカ政治の先生たちの中にはどうやら、APD(American Political Development)という分野の人が多いらしく、つまりアメリカの政治制度がどのように発展してきたかというのを歴史学的に(ただし理論的関心が強いので一概に歴史学とは言えない)研究しているようなのです。アメリカ政治の中で計量的なアプローチをとっている先生は、全て選挙研究者です(これはおそらく僕の入学した年まであった、「政治行動論」という専攻が「アメリカ政治」から独立していたということに起因するのでしょう)。まあこういう歴史的なアプローチも大統領制研究の一つの大きな潮流の一つなので、勉強して損は無いと思うのですが。
しかしもし将来的にアメリカ政治、とりわけ大統領研究の分野で、ゲーム論的あるいは計量的アプローチが主流になるのであれば、UTのアメリカ政治専攻の院生にとって好ましい状況ではないかもしれません。現に、僕の2年先輩のインド人は、アメリカ政治が専攻で3年目の最初にコンプに受かった人なのですが、プロポーザルが書けずに5年目終了とともに先学期自分から退学した模様です。彼はドイツの大学で哲学の修士号を取得したというバックグラウンドをもっていて、qualitativeなアプローチをとっていたのですが、一方で計量、あるいは数理的アプローチに脱皮したいと考えていたようで、ずっとそのことで悩み、もがいていました。まあ、彼は数学ができないのに、自分では「できる」と思っていたフシがあり、そうしたプライドが彼の計量、数理の学習を妨げたというのもあると思うのですが、もしUTのアメリカ政治の先生の中に彼のそうした関心と合う人がいて、指導を受けることができていれば、彼も上手く行っていたかもしれません。彼と今の僕では状況が似ていなくもないので、僕も注意しないといけません。
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9月12日(日)の夜
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プロポーザルを書くクラスのリーディングアサイメントとして、博士論文執筆についての「ハウ・トゥー」本的なものを読んでいるのですが、結構笑える箇所があります。例えば、自分の博士論文審査委員会のメンバーである教授たちとの関係について述べた章で、注意すべきおかしな教授の類型化が以下のようになされています。
・「若いトルコ人」教授
最近Ph.D.を取得し就職。自分自身を教授のグループに同化し、学生たちから距離を置くのにこだわるあまり、容赦なく学生の博士論文を打ち砕く。
・「ベテランABD」教授
自分自身がABD(All But Dissertation)の状態から抜け出し、Ph.D.を取得するのに長い年月を要し、苦労したことから、自分の指導する学生にも同じ地獄を見させてやろうとする。
・サディスティック教授
学生をいじめることに快感を覚える。
・女性蔑視教授
博士論文のためのミーティングを無意味なお遊びに変える。要するにセクハラ。
・「ハムレット・コンプレックス」教授
学生の研究のあらゆるバージョンに疑問を抱き、しばしば自分が以前に示した研究の方向性も否定する。
・「受動的・能動的」教授
表面的には学生の友人のように振舞うが、指導をサボる。
・嫉妬する教授
学生の才能に嫉妬し、ライバル視し、博士論文の邪魔をする。
この本、一応、社会学の教授によって真面目に書かれた本です。
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9月14日(火)の昼
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今日は僕がTAをしてるクラスで、先生が事情で休みだったため、僕が代わりに講義をしました。準備は昨夜カフェで1時間半くらいしただけだったのですが、思ったよりも上手くできて、ちゃんと質問にも答えられたし、良かったです。僕は自分で言うのも何ですが、人前でしゃべるのは一対一よりも得意です(一対一が苦手というのもアレですが)。で、ちょっとほっとしたので、今日は久しぶりに気合を入れて日記を更新したいと思います。
ブッシュがなぜ支持されるのか、結構日本国民にはわかりづらいものがあるのではないでしょうか。イラクに侵攻するは、変な言葉遣いはするは、でブッシュに関しては悪い話しか耳に入ってきません。でも実際アメリカ国民には支持されていて、最近はケリーに対してさらに支持を広げました。以下はタイム誌による、8月以降の世論調査の結果の推移です。「投票するだろう」と答えた人にどの候補者に投票するのか聞いた結果です。

また同じ調査の中で聞かれた、ブッシュ大統領の業績評価(job approval)について、56%が評価する、41%が評価しないと答えています。
では、いったいどのようなデモグラフィックな属性をもつ人たちがブッシュを評価しているのでしょうか。これらの最近の商用世論調査では回答者の属性までは詳しく聞かれていないか、聞かれていても非公開のようなので、2000年大統領選挙でブッシュに投票したと答えた人のもので見てみます。以下はAbramson, Aldrich, and Rohde. 2003. Change and Continuity in the 2000 and 2002 Electionsに掲載されている、NES(The National Election Studies)にもとづく社会集団ごとの投票行動の表の抜粋です。
まず人種ごとの投票についてみると、以下のとおり黒人が圧倒的にゴア支持、ヒスパニックもゴア支持、白人が若干のブッシュ支持だったことが伺えます(この表では誤差の範囲は示されていませんが、おそらく統計的に有意な差はあるでしょう)。つまり白人―非白人で一つの断絶があるといえます。
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次に白人の中で、性別で見てみると、男性の方が女性よりもブッシュに投票する割合が多いようです。
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さらに白人の中で、年齢で見ると、2000年の選挙の時点で30歳から45歳だった人の間でブッシュに投票する割合が高かったようです。

またさらに白人の中で、社会階層で見ると、労働者階級の間でブッシュに投票した割合が高くなっています。
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職業で見ると、非熟練、熟練とも肉体労働者の間、および管理職の間でブッシュに投票する割合が高いようです。
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教育程度で見ると、明らかな傾向は見られませんが、短大、大学中退、大卒で若干ブッシュに投票する割合が増えているようです。
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さらに白人の世帯収入別にみると、$25,000-$34,999の層と、$105,000以上の層でブッシュは票を得ているようです。2000年の世帯収入のミディアンが約$42,000ですから貧困層と富裕層からの支持が高く、平均よりも少し金持ちくらいの層で人気が無いように思われます。
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と、以上のようにかなり大雑把に、サンプル数による誤差の範囲の違い、各社会属性変数の相関がどうのなどは考えずに見てみましたが(例えば「男性」と「肉体労働者」は相関が強いと考えられるので、実際どちらがブッシュ支持に影響を与えているかわからない。互いにコントロールするとどちらかの影響が消えてしまうかもしれない。厳密には多変量解析が必要)、ここから浮かび上がるブッシュ支持者の大まかなイメージとは、「低収入の肉体労働者の白人中年男性」、「高収入の管理職の白人中年男性」などではないでしょうか。しかし少し考えてみるに、後者は伝統的な共和党の支持者像として違和感が無いものの、前者のイメージに関しては何かしら違和感を覚えます。以下、なぜこういう人たちがブッシュを支持するのか、について議論を進めたいと思いましたが、疲れたので今日はこのへんにしておきます。
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9月15日(水)の昼
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昨日の続きで、なぜブッシュが支持されるのか、という話です。
まず第一にその要因として考えられるのが「経済」です。結局のところ政策の違い、自分の払った税金の使われ方、あるいは共和・民主両党の違いなど難しいことを解さない大方の庶民にとって大統領の仕事とは、国民の生活を豊かにすることであり、「景気が良い」と判断したら国民は大統領の再選を許し、「景気が悪い」と判断したら大統領を罰し、落選させます。ここでポイントは、「判断したら」ということで、一般国民の景気判断は必ずしも統計指標と一致しません。例えば、1992年の大統領選挙では、インフレも失業率も1984年のレーガンの地すべり的勝利による再選のときよりもよほど良く、つまり客観的な景気状況は実際に悪くなかったのにもかかわらず、メディアがさかんに景気が悪いと書きたて、クリントンも「ブッシュは経済を無視してきた」と批判したため、大多数の国民もそう信じ、それがブッシュ大統領(父)の再選を不可能にしたと言われています。で、今回はというと、American Research Group, Inc.の調査によると、今年9月の時点で有権者の25%が「不景気だ」と答えたのに対して、66%が「不景気ではない」と答えています。ただし、経済運営の手腕への信頼という点では、ABCの調査によると47%がブッシュ、43%がケリーと答えるなど、ブッシュに対して決して絶対の信頼が置かれているわけではありません。
次に第二の要因として考えられるのが「テロとの戦い」です。タイム誌の世論調査によると、アメリカ国民はイラク戦争について、53%が「戦争したのは正しかった」、43%が「間違いだった」と答えています。また、43%が「イラク戦争は世界をより安全にした」、46%が「より危険にした」と答えています。これだけ見ると一見ブッシュに不利なように思えます。しかしポイントは、ケリーもせいぜいブッシュ政権の一国中心主義を国連中心主義に改めるといったくらいで、イラクからの撤退など抜本的なイラク政策の変更を訴えていない、つまり反戦票が必ずしもケリーに行かないということです。。この点で、ブッシュはより強いリーダーとして期待されています。同じくタイム誌の世論調査によると、イラク問題に関する手腕への信頼として、ブッシュ53%−ケリー37%、テロとの戦いに関する手腕への信頼として、ブッシュ57%−ケリー35%となっています。さらにイラク戦争がすでに「常態」化したことも一つのブッシュに有利な要因です。始まった当初こそ、イラクへ戦争は大きな注目を集めましたが、現在ではイラク国内のテロ(ちなみに「テロ」と言っているのはアメリカと日本くらいで、その他の国では「レジスタンス」と呼ばれているらしい)による死亡のニュースですら日々のニュースに埋没しています。実際、ニューズウィーク誌のブッシュ大統領のjob approvalと、イラクでの犠牲者の累計から僕が作った以下の表を見ると、開戦の2003年3月直後は犠牲者が増えることと、支持率の下落は相関しているように見えますが、犠牲者が300人を超えたあたりからは、その相関もあまり無くなってきているように思えます(もちろん開戦時の高支持率は単なる「ご祝儀」であることも割り引かないといけませんが)。

もちろん今後、イラクでよほどひどいことが起こった場合は別ですが、ケリーが明確に反イラク戦争を打ち出していないこともあって、僕はイラク戦争およびテロとの戦いはブッシュの再選に不利な要因にはならないと考えています。さらに、先日のロシアでの飛行機墜落と学校占拠というテロリストによる二つの事件は、テロリストを厳しく取り締まるブッシュに対して有利に働いたのではないかと思います。
まだもう少し続きます。
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9月16日(木)の昼
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実は来週の初めから中頃にかけて、ゲーム論の宿題の提出、大統領制のペーパー提出、TAをしてるクラスの試験問題作成があって結構あせっていますが、一度始めてしまったので、「なぜブッシュが支持されるのか」について終わらせたいと思います。
ブッシュ支持の要因としてさらに考えられるのが「草の根のポピュリズム」です。「草の根」も「ポピュリズム」も日本語の語感からすると、左翼系市民団体のようですが、本来は、庶民の白人による反中央政府、反エリートの保守的な政治運動です。彼らは自分たちが真面目に働いて稼いだカネが政府によって税金として取られ、「怠け者」の貧乏人たちに福祉の名目で配分されるのが我慢なりません。一般庶民の生活の実態を知らず、キレイゴトを掲げ福祉を推進するワシントンの連邦政府のエリートや、伝統的価値観を破壊しようとする大都市のリベラルで偽善的な中産階級やインテリを憎んでいます。彼らの多くは教育程度も高くなく、アメリカの国土の大部分を占める田舎に住んでいます。彼らからするとブッシュが変な英語を話して批判されるのも、往々にしてブッシュと同じような教養の無い英語を話している自分たちが、インテリにバカにされているように感じるのです。ブッシュが田舎臭いとバカにされるのも、同様に田舎臭い自分たちが大都市の人間にバカにされているように感じるのです。アメリカの都市部と田舎ではこのような人心における断絶がはっきりと見られ、この点が日本人には理解されにくいところだと思います。というのも、ニュースやハリウッド映画を通じて日本人が知るアメリカ人や、日本に興味があって来日するようなアメリカ人はたいがい、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコなど都市部の比較的教養があるリベラルなアメリカ人だからです。したがって、「なんでブッシュが支持されるの??」と不思議な気持ちになるのです。でも実際はこういう都市部のアメリカ人と同じかそれ以上に、日本人にとってほとんど未知の田舎のアメリカ人がいるのです。映画『イージーライダー』で主人公のヒッピー二人組みを撃ち殺したような南部の白人です。彼らにとって、どうしてもゴアやケリーは鼻持ちなら無いエリートと映り、ブッシュは自分たちの代表のように移るのです。実際は、ブッシュも出自的にも学歴的にもどう考えても「エリート」なのですが、彼の個性が彼自身をそう見せません。ABCの世論調査によると、「魅力的な個性」がブッシュに当てはまると答えた人が53%に対してケリー31%、「正直さ、信頼できる」に関してブッシュ48%、ケリー38%、「自分と価値観を共有している」に関してブッシュ48%、ケリー40%と、ブッシュは人格的な評価においてケリーを凌いでいます。また以下の前回の大統領選挙の結果からも、ブッシュ支持がアメリカの都市部と田舎の断絶を背景にしていることがわかると思います。

またブッシュ支持の大きな要因として考えられるのが「宗教」です。1990年のWorld Value Surveyによると、アメリカ人の95%近くが神を信じているそうで、この割合はどのイスラム教国よりも高いだろうと言われています。アメリカは世界一宗教的な国なのです。特にブッシュ大統領やラムズフェルドなど主要スタッフは聖書の記述をそのまま信じるという原理主義的な宗教右翼だと言われています。そのため以下のとおり、宗教右翼のブッシュへの支持は大きなものとなっています(前出Abramson, Aldrich, and Rohdeより)。
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ここで宗教右翼と呼ばれるのはプロテスタントの中でもより原理主義的なエヴァンジェリスト(福音派)で、その中でもとりわけ成人してから信仰に目覚めたという"Born again"(生まれ変わり)の人たちが当てはまると言われています。ブッシュ大統領も福音派のボーンアゲインです。表から見て分かるとおり、プロテスタントの中でもボーンアゲインの人あるいは福音派は7割近くがブッシュに投票、また信仰心の強いプロテスタントもブッシュ支持の傾向が強く、最も強いグループでは実にその9割近くがブッシュに投票しています。宗教右翼の争点はもちろん、中絶反対、ゲイの結婚反対で、ブッシュ大統領もこの立場にいます。さらに、この票ではブッシュはユダヤ教徒の1割ほどからしか票を得ていませんが、イラク戦争がユダヤ教徒と宗教右翼を近づけ、ユダヤ人を親ブッシュにしたと言われています。本来は宗教右翼は聖書に忠実なため、キリストを迫害し、殺したユダヤ教徒が嫌いで、両者は犬猿の仲のはずでした。しかしイラク戦争に関しては、両者の利害が一致し同盟関係が結ばれました。イラク戦争前にはイスラエルのネタニヤフ前首相が訪米し、全国で宗教右翼の集会に出席しました。
最後にブッシュ支持の要因として、「対立候補のケリーのだめさ」があると思います。ブッシュに勝つための戦略としては、上記のブッシュが概して支持されている点で、さらなる支持を獲得しようとするか、ブッシュを批判して逆に貼る、またブッシュがあまり支持されていない分野でブッシュとの違いを強調しポイントを稼ぐということがあります。つまり、経済状況に関しては、現職と違って成果をアピールしようが無いので、経済が実はブッシュが主張するほどには良くない、と国民に認識させる努力をし、「テロとの戦い」に関しても、ブッシュと同じ方向で争っても現職には勝てないので、あえて反戦の方向に国民を説得する、「ポピュリズム」に関しては南部や田舎のアメリカ人の支持を獲得すべく自身のエリート臭さを払拭する努力をする、宗教に関しては自身の信仰であるカトリックを動員する、さらにブッシュが解決していない財政赤字の問題や、金持ち優遇の税制、不十分な社会保障を批判し有効な解決策を提示する、ゲイの結婚、中絶の明確な支持など。しかし実際はどれも上手くいっていません。経済状況に関しては民主党がいろいろとデータを出してきて批判していますが、いまいち説得力に欠け、「テロとの戦い」では上院議員としてイラク戦争に賛成票を投じたことから今更反対もできず、庶民の間での人気では、庶民に人気のあったクリントンにあやかって「”二番目の黒人大統領”って呼んでくれても良いよ」とアピールしたところで寒いだけだったし、自身のカトリックのバックグラウンドを生かそうとするも、「中絶に賛成しているようなやつは認めん」とカトリックの司祭から批判されたり。結局ケリーにとっては、明確にブッシュと違うことをアピールでき、自分がブッシュより勝っていると誇れるのはベトナム戦争の従軍歴くらいなものなのです。しかし、それも結局疑惑に晒されているし、クリントンを巡っては全く逆の立場にあった民主党はあまり強く出れない上、ベトナムから帰って後はベトナムでの米軍の非道行為を告発し批判したことから必ずしも退役軍人たちに人気があるわけではありません。また、イラク戦争に賛成しておきながらも、そのための予算案には反対したり、カトリックに遠慮しつつゲイの結婚や中絶を支持するケリーにはどうしても「一貫性が無い」というレッテルがついて回ります。その点、ブッシュは良くも悪くも政策的にブレがありません。ABCの世論調査では、「争点に対する明確な立場」という項目で、ブッシュ56%、ケリー29%と大きな差をつけられています。
そんなケリーに残された可能性としては、ブッシュがイラクでの突発自体、政権スキャンダルなどで自滅的に支持を落とし、「ケリーだから」ではなく、「ブッシュではない」という理由で選ばれるというほか無いような気がします。その点、南部出身で苦学して大学を出た人権派弁護士でルックスも良いエドワーズの方がまだ良かったのではないかと思います(そう言う意味で彼が副大統領候補になったのでしょうが)。
というわけで以上、かなり荒っぽい議論でしたが、「なぜブッシュが支持されるのか」についての説明を試みて見ました。限られた時間での全く推敲無しの打ちっぱなしのため、変な日本語、不明確な記述、厳密でない記述も多々あると思いますがどうかご容赦下さい。
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9月19日(日)の夜
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この週末はひたすら勉強しています。火曜日提出のゲーム論の宿題以外は何とかめどがつきました。それにしてもやはり今学期は授業とりすぎです。本来なら4年目の今の時期は博士論文(のプロポーザル)に集中しているべきとき。このままだとプロポーザルを完成させるのが遅れてしまうかもしれません。論文も全然進んでいません。とはいえ、大統領制もゲーム論も落とすつもりは無いので、とにかく精一杯やるだけやるだけですが。
先日のレイトショーで、街行く人をインタビュアーのタレントがいじるという企画があり、日本人男女がインタビューされていました。彼らはこれから彼女の誕生日を祝うためイタリアンレストランでディナーを楽しむそうなのですが、そこでインタビュアーが「日本語で"Happy birthday!"って何ていうの?」と聞くと、彼らは声を合わせて「お誕生日おめでとう!」と言います。それを聞いたインタビュアーは、ナレーションで「ふーむ、日本語で"Happy birthday"は"Bon Jovi opens the door!"と言うらしい…」。「じょーびお」の部分しか合っていません…。まあ日本人にとっても"What time is it now?"が「掘った芋いじくるな」に聞こえるくらいだから、そんなもんかもしれませんが。さらにこの街頭インタビューにはオチがあって、インタビュアーが最後に彼女に名前を尋ねると、彼女は「シホ」と言います。有名な話ですが、アメリカ人にはこれは"Shit hot"と聞こえます。「日本人の親は娘の名前をつけるとき、気をつけるべきだ」とはインタビュアーのナレーションでの言葉…。
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9月22日(水)の夕方
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4年目なのに、なんでこんなに忙しいのだろうと疑問に感じる日々です。まあ1年目と違って徹夜とか2、3時間の睡眠とかはさすがにしなくて済んでいますが、久々に「アメリカの大学院ってこんなんだったんだなあ」と思い起こしています。ところで給料が無事振り込まれました。名前の変更に伴う銀行の事務手続きも大学の給与課の事務手続きもどうやらうまくいったようです。今のところ名前の変更に関するトラブルはゼロのはず。電話会社も電力会社も今のところトラブルは無い模様なので、後は名前を変更したソーシャルセキュリティカードが送られてくるかどうか、といったところです。もしこれで全部、上手く行ったなら、僕は少しアメリカという国を見直そうと思います。
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9月23日(木)の昼
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政治学部のゲーム論の授業の流れとしては、初めに具体例が紹介され、その後数学的に表された抽象的な概念へと進むのですが、経済学部のゲーム論の授業はそれとは反対で、初めに数学的に表現された抽象的な概念が紹介され、その後具体例へと進みます。といっても、授業中に具体例が示されるのは稀で、たいがい具体例は宿題でやります。もちろん数学のレベル、抽象化のレベルも経済学部の方が上です。ということで非常にしんどいです。範囲的には政治学部のゲーム論でやったことばかりなのはずなのですが、理解できない。来週は木曜日に宿題の提出があり、その後金曜日提出の持ち帰り試験です。やっぱ経済学部は厳しいなあ。ただ次の授業は少し息抜きということで、クラスで「実験」をするそうです(このクラスの先生の専門の一つは実験経済学のようです)。なので、経済学部の「実験室」に集合。こんな設備が学部の建物にあるなんて、経済学部は金持ちです。そういえば先学期、心理学実験デザインの授業で通った心理学部の建物も立派でした。なんで政治学部は貧乏なのか?(→カネにならない学問だから)。
プロポーザルを書くクラスでは、前回の授業で、KKVとその批判を読みました。批判の本は、Henry E. Brady and David Collier, eds. 2004. Rethinking Social Inquiry. Rowman & Littlefield.というもので、公式には今年の10月発売という最新の本です。KKV出版から現在までに出た主要な批判論文と、書き下ろしで構成されています。このクラスを教えている先生は質的アプローチをとるアフリカ政治研究者なのですが、結構KKV擁護派です。
ところで、この夏帰国したときに奮発して二万円のReal McCoy'sのレプリカのヴィンテージジーンズを購入しました。そのジーンズはさすがにディテールに凝っているのですが、その一部として設定上このジーンズはテキサス州サンアントニオで作られていることになっているようです。リベットの裏に"R.M.O., SA, TEX"と刻印されています("R.M.O."はReal McCoy's Overalls co.の略)。しかし、実際にサンアントニオおよびテキサス、あるいはアメリカに来ればわかりますが、このような精巧な高級ジーンズが受け入れられる素地など微塵もありません。サンアントニオでこのようなジーンズが作られている訳がありません。きっと岡山県あたりで職人によって作られているのでしょう。ただイメージとしてこういうジーンズはきっとサンアントニオで作られているべきだ、というのがあるのだと思います。日本で「アメカジ」(アメリカン・カジュアル)と呼ばれるファッションの分野がありますが(所ジョージや浜田雅俊や一昔前のパフィーみたいな感じの格好)、ああいうのはアメリカにはほとんど見受けられません。だいたいアメカジの象徴とも言えるリーバイス501ですら、履いている人はあまりいません。あくまでも日本人の思うアメカジとは「古き良きアメリカのイメージ」であり、実在するアメリカとはあまり関係がないものだと思います。またジーンズと並んで日本でアメカジの定番といえば、レッドウィングのアイリッシュセッター。レッドウィングはアメリカのミネソタ州の会社ですから、当然レッドウィングのブーツはあります。しかし日本のようなファッションアイテムではなく、ほとんど実用オンリーのものです。つまり、本格的なハンターや、職人が頑丈で良質のブーツを求めて購入する類のものです。修理を繰り返し何十年のハードな使用に耐えるブーツです。しかもレッドウィングのブーツはブーツでも、日本で人気のアイリッシュセッターではなく、もっとファッション性の無い機能的なワークブーツばかりです。僕はアメリカでアイリッシュセッターを見たことがありません。だいたい、アメリカで男が「ファッションに興味がある」というと、ゲイと疑われるそうです。
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9月25日(土)の夜
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今日は夕方まで勉強してから、日本人会の集まりに最後の30分だけ行きました。妙にテンションが高く早口で、自分でも挙動不審っぽいのが分かって、帰宅後自己嫌悪に陥りました。やはりあんまり人と話さないとコミュニケーション能力がおかしくなるようです。人の目を見て話せなかった…。ところでその会で、今学期から着任された経済学部の日本人の先生に会いました。いろいろと興味深い話を伺ったのですが、特に驚いたのが、その先生の出身の某アメリカの大学での院生の待遇の悪さ。その大学は名門私立だし、経済学なのでてっきりもっと良いものと思ってました。これならUTの方がよほど良いです。ただしあの金額はひょっとして「1セメで」ということだったのかな、と今になって思います。だってあれで1年だとすると、絶対にやっていけません(もし「1セメで」とのことだったら、UTよりもよほど待遇が良い)。結局、その会の後、タダだったのでボウリングに行き、帰宅は6時半くらい。風呂に入って、スタバで勉強しました。どうしても、とっつきやすいことから片付けてしてしまうため、ゲーム論の勉強はいつも後回し。今一番しなくてはいけないことなのに。
ところで今風呂で、図書館から借りた佐和隆光.1988年.『経済学における保守とリベラル』.岩波書店という本を読んでいます。実は総合雑誌に掲載された文の寄せ集めで、あんまりタイトルと関係なくて、結構がっかりなのが多いのですが、面白い論考もありました。計量経済学の発展について。経済学は政治学と比べるとずい分と理論がしっかりしているように見えるのですが、案外そうでも無いのだなあ、と。絶えず「計測なき理論」と「理論無き計測」の問題で揺れているとのこと。「理論無き計測」であるコンドラチェフの波など景気循環研究が1929年の大恐慌を予測できなかったことから崩壊し、1933年の計量経済学会設立から「計測に結びつく理論」としてのケインズ経済学の隆盛と、それを基にしたマクロ計量経済モデルの定式化+大型化、その全否定としての合理的期待形成学派の台頭など。手法が洗練されても、それを生かすための理論がしっかりしていないとダメです。その点、政治学に今まで、経済学におけるケインズ経済学のような教科書化されて全世界の大学で教えられるような、計量分析が拠って立つべき政治理論があったでしょうか。その意味で政治学の依拠している理論とは一体何なんだろうと思いました。しかし、これが書かれたのは80年代後半ですが、著者が以下のように政治・経済におけるリベラリズムの復権を予想しているのは興味深いです。
「保守」の極から「リベラル」の極へと振り子が振り始めたことは間違いない。あえて憶測まじりのシナリオを語らせてもらえれば、おそらく政治・経済の場面におけるリベラリズムの復権がまず先にあって、次いで保守からリベラルへの価値規範の転換が起こり、その次に数歩おくれて、経済学の革新が成し遂げられるのではあるまいか。
また、筆者はこの本の「基本的なモチーフ」を「政治・経済・思潮の底流において現在進行中の、「保守」から「リベラル」へのパラダイム・シフトの必然性を解き明かし、その揚げ句に訪れるであろう新しい時代の構図を、曲がりなりにも描いてみること」としています。でもどうやらこの時代認識は外れ、80年代後半以降ますます保守化が進んでいるようです。社会科学者として、このような予想をするのは本当に難しいことだと思います。出版社が岩波書店である、ということも興味深いです(「必然性を解き明かす」という言い回しも共産党のパンフレットみたいで気になります…)。
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9月27日(月)の夜
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今日は久しぶり、というか今学期初めて、自分の博士論文のプロポーザルのための時間をとることができました。なんとかこういう時間をこれからも確保していきたいものです。
TAをしているクラスでは、昨年同様、学期の最初の3分の1は公共選択論について勉強しています。「理想的な投票手続きは何か?」という問題です。投票手続き(voting procedure)とは、単純に最も好ましい選択肢だけに投票する"plurality voting"、選択肢ごとに比較して好ましい方に投票する"pairwise majority voting"、選好の高い順に高い点数を割り振っていって、最終的に各選択肢が獲得した点で順位を決める"Borda count"などがあります。去年もこのHPに書いて、かぶっているかもしれませんが、まずこの授業では最初「アローの不可能性定理」を勉強します。この定理は、3つ以上の選択肢、2人以上の投票者が与えられたとき、民主的な投票手続きが当然満たすべき要件を全て満たす投票手続きは無いということを主張しています。その要件とは以下の通り。
"transitivity"…投票手続きは必ず推移的な社会ランキング(投票者の個々の選好が与えられたとき、投票手続きが決定する社会的選好の順位)を決定すべきである。例えば、A、B、Cという選択肢があった場合、A>B>Cという選好のランキングは推移的だが、A>B>C>Aは推移的ではない。
"unrestricted domain"…各投票者は自分の好きな選好をもてるべきである。例えばA>B>CでもA>C>Bでも、選択肢に関して好きな選好順位を付けられる。
"Pareto"…全ての投票者が同意している選好順位は、投票手続きが生み出す社会ランキングに反映されなければならない。例えば全ての投票者がA>Bなら、社会ランキングもA>Bとなるべき。
"binary independence"…社会ランキングにおける二つの選択肢の間の選好順位は、その二つについての投票者の評価のみによって決められるべきである。例えば、A>Bの順位が決定されるのに、Cの順位は関係ない。
"No dictatorship"…一人の投票者の選好が社会ランキングを決定する「独裁制」は許されるべきではない。
またこの「アローの不可能性定理」は、最初の4つの「民主的投票手続きが満たすべき要件」を満たすのは独裁しかない、とも主張します(独裁が民主的なわけないですから、つまりこれら4つを満たす民主的手続きは無いということ)。例えば"plurality voting"と"Borda count"は"binary independence"の用件を満たさないし、"pairwise majority voting"は"transitivity"の要件を満たしません。さらに授業ではこの「アローの不可能性定理」を勉強した後、「ではどのような投票手続きが理想か?」という問題に移ります。そこで考えられる戦略としては、それぞれの要件を少しずつ緩めて、結果がどう変化するか、どれだったら許容できるかを探る、ということです。例えば、最初の"transitivity"の要件に関して、"quasi-transitivity"(A>B>C=Aなど)を認めるとどうなるか、"unrestricted domain"に関してある一定の選択肢の順位を投票者に強制したらどうなるか、"Pareto"に関して、この条件を一部の投票者だけに認めたらどうなるか、"binary independence"に関して、せめて投票者の選択肢間の選好の強度を考慮に入れるという"intensity of binary independence"だけでも満たしたらよいということにしたらどうか(結果としてbinary independeceが満たされないとしても)、という具合に。どれが一番許容できるか、というのはある程度主観的な問題でもありますが、一応授業では、上記3つの要件と"intensity of binary independence"を満たす"Borda count"が一番良いのではないか、ということで締めくくられます。でもこの"Borda count"、実際に大規模な選挙で使われることはまずありません。というのも投票者に対して候補者全員を順位付けすることを強いるからです。一般の投票者はそこまで合理的ではありません(全ての候補者に対する選好をtransitiveにもっていないという意味で)。またいくら学者が「これがベストの投票方法だ!」と主張しても、それが実際に採用されるかは全く別問題です。
それにしてもこのクラス、去年に続いてなのに結構大変です。ようやく今日、来週火曜日に迫った試験の問題を完成させ、印刷に出しました。明日はまた僕が授業しなければいけません。
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9月28日(火)の昼
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今学期もなんだかんだで"Ayn Rand Society"のミーティングに参加しています。アイン・ランドとは1930年代〜60年代に活躍したアメリカでは有名な大衆思想家、小説家で、日本でもこの7月に『水源』という小説が、今月に『肩をすくめるアトラス』という小説が翻訳されました。彼女はゴリゴリの保守主義者で、超個人主義者です。宗教を否定し、中絶でもゲイでも個人の選択に関して何でも容認するので、いわゆる伝統的保守派とも仲が悪く、政府による福祉や弱者救済を完全否定するのでリベラル派とも仲が悪いです。こう書くとまるでリバータリアンのようですが、彼女は自分のことをリバータリアンと呼ばれるのを拒絶し、オブジェクティビスト(客観主義者)と呼びます。Objectivismはランドの思想の名前です(でも実際一般的にランドは「元祖リバータリアン」と認識されています)。そのため、「有名」というよりも「悪名が高い」という感じで、多くのアメリカ人はランドの名前を聞くと眉を顰めますが、一方で生前から熱烈な支持者がいて、その支持者の集団はカルト教団のように思われています。"Ayn Rand Society"はそうした支持者団体の最大手です。
第一回のミーティングは先々週にあり、内容は"Ayn Rand Society"の代表が911の直後に行った演説についての議論です。それにしてもこの代表はすごいことを言っています。例えば、ビン・ラディンを支援したテロ国家としてイランを挙げ、これを徹底的に破壊することを主張しているのですが、そうした戦争においては、「最大の障害はイランとその同盟国ではなくて、アメリカの知識人である」と主張しています。そして「客観性の概念を否定する、多文化主義者たちはわれわれをアラブを理解し、人種差別を避けるように促している」と、この期に及んでもまだアラブに親近感をもつ知識人を攻撃します。さらにアメリカの存亡がかかっている、として「アメリカがオーバーリアクションをとるリスクはこの際無視してよい、唯一のリスクはアンダーリアクションだ」、と徹底的に軍事力で叩きのめすことを主張します。本当に怖いものなしです。ちなみに、ランドの思想であるObjectivismにおいては、人間の理性でもって正しく見たとき、ものごとの優劣や価値の多少を客観的に判断できるとします。つまり誰が見てもすばらしい、誰が見てもすごいものがあると。したがって、何が価値があるのかは、人や文化によって異なるという相対主義は否定されるのです。
で、昨日の第二回ミーティングでは96年にハーバード大学で行われたアイン・ランド派とリベラル派の「利己主義」をめぐる討論のビデオを見ました。アイン・ランド派からは"Ayn Rand Institute"所属の哲学者が出ていて、リベラル派からはハーバードロースクールの黒人教授が出ていました。アイン・ランド派はもちろん利己主義容認で、アイン・ランドの小説から引用しつつ、「自分は誰にも使えず、誰にも自分に仕えることを望まない」生き方が肯定されます。彼らにとって、自分の生命よりも高い価値のものはありません。したがって、全ての選択は自分の生命の維持のために行われるべきなのです。自分が他人に何も望まない代わりに、他人に何も望ませません。だから当然他人を助ける「義務」もないし、政府が個人に他人を助けることを強制することなどできません。例え他人が道端で死にかけていても、それを放っておくことは何の問題もありません。仮にそれでその人が死んだとしても、見殺しにした人の責任では無いのです。
これに対してリベラル派の教授は当然、反論します。人は一人で生きているわけではないんだ、助け合っているんだよ。これまで成長できたのも誰のおかげか。社会や政府が物理的安全、食料、教育を与えてきたからじゃないか。社会の一員としてわれわれは助け合う義務があるんだよ。困っている人がいたら助けるのが当然じゃないか。助けることができるのに見殺しにするのは当然倫理的責務を負わなければいけない。アイン・ランド派が言う利己主義など、2歳の子どものわがままだ。…などと説きます。
まあ大筋こんな感じで議論が交わされるのですが、興味深かったのが、アイン・ランド派の哲学者が顔色一つ変えずに平然と、良識あるリベラル派の神経を逆撫でするような世間的に言ったらやばいことを言うことです。聴衆の中にはその態度に憤慨して席を立つ者もいました。アイン・ランド派の学者はだいたい良い大学で哲学のPh.D.を取っているのですが(この哲学者もコロンビア大学Ph.D.)、ポスト的には不遇の人生を歩んでいます。きっとこんなところにも原因があるのでしょう。一つアイン・ランド派の学者が言っていたことで印象に残ったとして、"ability gets punished, need gets rewarded"(高い能力が罰せられ、必要が報われる)なのが平等主義社会だ、ということです。これはランドの思想の一つの中核で、能力が高い者が低い者と同じように平等に取り扱われるのは不正義だ、ということです。
しかし、僕はこの"Ayn Rand Society"を純粋にアイン・ランドの文学を楽しむ会かと当初思っていたのですが、どうやらそれは完全に間違いだったようです。といっても、結局今年度も会費を払って、会員になったのですが。
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9月29日(水)の昼
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昨晩は、勉強しなくてはいけなかったのですが、友人がチケットを持っているということなので、キャンパスであったPublic EnemyというラップグループのChuck Dという人の講演を聴きに行ってきました。彼は80年代中頃〜後半にかけて登場した黒人のラップの第一人者で、社会的な発言を行うことで有名です。講演会の会場はたくさんの聴衆ですごい賑わいです。しかし、この手の講演ならもっと黒人がいても良さそうなものですが、普通の授業よりも若干その割合が高いというくらいで、見たところ10人に1人もいなかった気がします(ちなみにUT全体に占める黒人学生の割合は約3%)。つまり聴衆のほとんどは白人です。講演は予定よりも20分ほど遅れてスタート。Chuck Dは非常に話慣れた様子で、講演ドサ回りのプロのような感じです。きっとこういう講演会を年に何度も行っているのでしょう。ただ話の内容は、まとまりが無く、テレビやラジオなどのメディアを「アメリカ人の魂を汚染している」などと批判したり、「ブッシュが選挙に勝ったら、アメリカは精神的な”大恐慌”に陥るだろう」と大統領選挙に触れてみたり、「投票するっていうのは、ケツを拭くってことくらい基本的なことなんだぜ」と投票参加を促してみたり、あるいは聴衆のほとんどが白人なのに黒人向けの話をしてみたり、エミネムを批判したり、ラップの定義について述べたりと、ただ思ったことをテキトーに繋げているという風なもので、正直あまり面白くありませんでした。100回くらい「ファック」というコトバを聞いたような気がします。最後のQ&Aのコーナーでも、質問者の質問にはっきり答えず、延々とマイクをもって関係のない話をして、結局30分で3人くらいの質問にしか答えず(質問希望者はもっといた)、ファンへの配慮も足りません。彼はインタビュー記事などを見るともっと洗練されていて鋭いことを言う人というイメージですが、今回の講演を聴いた限りでは、現実離れした理想を語るただの無責任なデマゴーグという印象でした。これは僕が割と保守派の言論に慣れ親しんでいるからそう感じたのではなく、この講演に誘ってくれた急進左翼のアメリカ人(ちなみに彼は都市部で暴動がおきるのは貧乏人同士がケンカするようなものだから、バスをチャーターして暴徒を郊外の金持ちの居住地域に移送すべきなどと主張します)も似たような感想を抱いており、「彼にはがっかりした」と言っていました。
ああ勉強…。
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9月30日(木)の昼
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今日はゲーム論のクラスの宿題提出日だったのですが、出せませんでした。昨夜は日中からかかって自分の論文をやっていてあまりに調子が良かったため、つい深夜12時までやってしまい、そこからゲーム論の宿題をしようとしたものの、眠さに負けて寝てしまいました。それに宿題の内容もかなり無茶で、今日の授業と次の授業でやる内容ばかり出題されています。わざとなのか、あまり中身を確かめずに出題しているのかわかりませんが。いずれにしてもこんなの、できません。できるんだったら、最初からこの授業とる意味ないやん!…などと自己正当化しつつ授業に臨みました。結局見たところ3分の1の学生は提出していない様子で、まあ良いか…と。別にAを取ろうってわけでもないんだし。でも明日の朝には出そうと思うので今晩こそがんばります。それにしても、やっぱ数学の基礎が無いのがきついし、悔しいです。ミクロ経済学の授業をとるべきなのかどうかはわかりませんが、学部レベルの確率論とか集合論とか微分積分は知っておくべきと思います。もし僕が大金持ちで一生何もしなくて良いような身分だったら、高校の数学からやり直して、大学の数学科にでも入り直したいくらいです。ほんとそれくらい分からないのが悔しい。でも数学は面白いです。そういえば高校時代も数学は好きでしたが、成績は悪かったです。僕の数学への思いは一生片思いのまま終わるのでしょうか。ちなみに明日提出のはずだった第一回持ち帰り試験は火曜日になりました。
ところで保守系の政治雑誌National Reviewに面白い広告がありました。この雑誌はもともとビル・バックレー・Jr.という保守の大物が作った雑誌で彼自身がカソリック(ちなみにアメリカの保守の主流はプロテスタント)のため、結構それ系の記事や広告が載っています。で、その広告が宣伝している商品とはずばり「アヴェ・マリア・ミューチュアル・ファンド」。キャッチコピーによると、「道徳的に優れ、確かな運用成績をもつミューチュアル・ファンドを希望の投資家にとって、アヴェ・マリア・ミューチュアル・ファンドは"heavenly"な選択です」とのこと。説明によるとこのファンドは、"pro-life"、"pro-family"の宗教的価値観を基準に投資先を選び、驚くべき実績を挙げているとか。しかし、カソリックってそもそも蓄財、ましてや金利で儲けを得る事を禁じていたのではなかったでしょうか。ミューチュアル・ファンドの名前にマリア様の名前が使われるとは…。やはりアメリカの保守派もタテマエ的な部分が多いようです。先月末にニューヨークであった共和党全国大会の期間中には、全米から売春婦がニューヨークに集結していたらしいです。
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