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2006年10月の日記
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10月3日(火)の朝
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全米展開のオーガニック系の高級スーパー、Whole Foodsに関する興味深い話。このスーパーは経営方針や店内の雰囲気、店員や客の感じからしていかにもリベラルっぽいのですが、実際は社長をはじめとする経営陣はみんなゴリゴリの共和党支持者だそうです。毎年共和党に多額の寄付を行っている他、「マクドナルド・コーヒー事件」などに見られる一般人の「理不尽」な企業訴訟を制限する法律の制定を熱心に支持しているとのこと。また従業員に対する管理も厳しく、服装は割と自由だしゲイでもヒッピーでもタトゥーでも良いものの、1日三回もあるミーティングではまるで日本企業のように社是(mission statement)を全員で唱和し、少しでもこうした会社の方針や待遇に文句を言えば解雇の危機にさらされるそうです。Whole Foodsはとりわけ西海岸や東海岸などリベラルな地域に愛好者が多く、彼らはWhole Foodsが(彼らの嫌いな)テキサス発祥というのだけでも意外に思うのに、経営陣が共和党員であり、売り上げがブッシュに献金されているとなれば二重の驚きでしょう。
(追記:上の話はデマでした。詳しくは2007年2月19日の日記を参照してください)。
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10月5日(木)の朝
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2週間くらい前にネットでスウェット(made in USAにコダワリをもって作っているペンシルバニアにあるCamberというメーカーの世界一厚手のスウェット)を注文したのですが、届かないどころか、注文時から何一つ"Order Status"が変わりません。おかしいと思ってカスタマー・サービスにメールしたところ宛先不明で返ってきます。電話をしても「メールしろ」というメッセージが流れるのみです。金はすでに引き落とされています。あわててネットで調べると同じような状況の人がいることがわかりました。この書き込みが去年の11月のことですから、少なくとも1年間はこのような状態が続いていることになります。独自のドメイン名のサイトがこの間維持され、またカネの引き落としは行われていることからこれは悪意があってのことかもしれません。こういうときどこに訴えてよいのか調べたのですが、よくわからないのでたぶん泣き寝入りです。最近はめっきりネットショッピングにも抵抗が無くなってきていたのですが、やはりネットでの買い物は向こうがどれくらい信用できるかよく吟味してすべきでした…。くやしいのでせめて以下にそのサイトを晒しておきます。
ccTaylor.com
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10月8日(日)の夜
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金曜日の午後に図書館の前のベンチで休憩していると、二人連れの男性に声をかけられました。クリスチャンだそうです。まあ悪い人たちには見えないのでとりあえず話を聞いてみることに。テーマは「なぜ神は人間を創造したのか」。これはかなり興味深いトピックだと思ってずっと熱心に聞いていたのですが、結局よくわかりませんでした。彼が語ったのは「なぜ神は人間を創造したのか」ではなく、「人間は何をすべきか」だったような…。要は、神は人間を神の似姿として創造したから、人間は神の分身みたいなものであり、神様の喜ばれるように振舞うべきだ、だからクリスチャンになりましょうという感じでした。
僕は、彼の語ったことに何一つ疑問を呈さず、全てのことに同意したのですが、やはり理解することと、信仰することは別だなあと感じました。聖書に関してクリスチャンよりも知ったところで、それはしょせん信仰では無く、キリスト教の知識が深い一般人よりも、キリスト教の知識が浅いクリスチャンの方が圧倒的にクリスチャンの世界では偉いわけで。というようなことを彼に話すと、「自分の不信心が克服できるように神に祈りましょう」とのこと。結局30分くらい炎天下、まったりと会話していました。二人連れのうち、あまりしゃべらない一人はどうやら、布教者見習いみたいなもので、ときおり「上司」に促されて、語るものの緊張のせいかやはりぎこちなくどこかピントがずれているような気がしました。しかし必死さには心打たれました。「信仰は押し付けられるべきではない」と変にリベラルを気取るクリスチャンよりも、こういう自分の信じる価値に忠実で、布教に熱心なクリスチャンの方が何となく好感がもてると思います(自分の宗教の素晴らしさを語るだけでなく、他宗教を批判したりしたら不快ですが)。
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10月10日(火)の夜
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実証分析のパートが七割方終わって、第一章イントロダクションの文献レビューのパートを書き直しています。とりあえず、実証分析の内容をふまえて、それをどのように政治学史の中に位置づけるかという作業です。何を関心の中心に据えるかで、「料理方法」はいろいろ考えられます。とりあえず、その中でも一番野心的なのにしようと思っています。いちいち説明しなくても、今回の僕の研究のメインの従属変数も独立変数もサブスタンティブに重要であることは誰も否定できないわけで、それをさらに大風呂敷を広げるとなると、まさに政治行動研究の王道を行くような感じになってしまいます。これまでのUTでの勉強で読んだ論文が総動員という感じです。ただしこの夏前まで取り組んでいて放棄した前の博士論文のプロジェクトの文献とはほとんど被っていません。というのも前のは、学術的には面白いのですが、一般的にどう面白いのか説明に苦労を要する類のもので、いわばマニアックだったからです。レビューする文献も特定の分野を狭く深くでした。いつかこっち方面でも論文を書きたいものです。
今日は6時に起きれたし、TAのクラスも何も無いので、最低10時間は集中して机に向かえるはず。なんとかがんばりたいものです。
あと「書き物」のコーナーに「アイン・ランドの思想に関する考察」と題したものを作りました。10〜14日に一度くらいの頻度で更新予定です。基本的に僕がmixiのアイン・ランドコミュに投稿したもののコピペです。プロフェッショナルなトレーニングは受けていないのが問題ですが、将来いつか思想系の論文も書けたら良いなあと思います。ランドは「俗」っぽ過ぎて日本のプロフェッショナルな政治思想研究者が研究することはあまり無いだろうから、その隙間を埋める意味でもちょうど良いかなあと(僕が知るかぎりランドを正面から扱った日本人による学術論文は、足立幸男. 1991. 『政策と価値――現代の政治哲学』ミネルヴァ書房所収の「人権と福祉国家──ランドの道徳・政治理論」くらい)。
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10月12日(木)の朝
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最近はココア(ホットチョコレート)をよく飲んでいるのですが、飲み比べて分かるのは値段によって全然味が違うということ。家で飲んでいる分にしても4袋入って5ドルのゴディバ(アメリカ人はゴダイバと言う)のホットチョコレートは香が良く濃厚なのに、10袋3ドル弱のネッスルはただ甘いだけという感じです。外で飲む分にもスタバの3ドル弱のとウェンディーズの79セントのとではレベルが違い過ぎます。まあココアに関しては日本でも同じかもしれませんが、日本と比べてアメリカではだいたい何につけても支払う値段に応じてモノやサービスなどの価値が変わるということが如実だと思います。
僕は最近まで日本に比べてのアメリカの貧乏人の生活におけるモノやサービスの質や効率のの悪さを指して「アメリカは非合理的だ」と言っていましたが、実は支払うカネによって価値が変わっているのだから、非常に「理に適っている」、「合理的だ」と言えるのかもしれません。その点、日本は支払う金額は違うのに、受けるサービスがだいたい同じだとすればそれは「理に適っていない」、「非合理的だ」と言えるのかも。しかしこの場合、日本の「理にかなって無さ」は貧乏人にとっては歓迎されるべきことかもしれませんが。
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10月14日(土)の朝
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木曜日はいつものように朝7時から大学に行くも、今まで体験したことのないすごい頭痛のため10時には帰宅し、そのまま夕方6時まで就寝。前夜も良く寝たし、風邪の症状はゼロだったので何とも不気味です。何かがどこかで限界に達しているのか…。
金曜はIBMのSさん主催の"Game Night"にH先生と共に参加。要はボードゲームをやろうという会で、アメリカ人7人、日本人4人の総勢11人が集まりました。各人がそれぞれボードゲームを持ち寄っているため、たくさん種類がありましたが、僕とH先生はもっぱらやりなれた"Settlers of Catan"に専念。3ゲームして、僕とH先生が一勝ずつとまあ普段の練習の成果が出たでしょうか。たまには「他流試合」も良いものです。目指せ世界大会!?
ちなみにこの日の夕食はH先生とオースティンの北に新しくできたチャイナタウンセンターに行ったのですが、これがすごい。中国人しかいません。その名もずばり中国城。スーパーは巨大だし、レストランから旅行代理店からCD屋から中国系のものがそろっています。ただし純粋な中国だけではなく、テキサスに多い中国系ベトナム人もかなりまじっているのではないかと思います(ベトナム戦争後、政治亡命したアメリカに協力的だったベトナム人の多くが移り住んだ州の一つがテキサス)。しかし、ここを維持できるほどオースティンに中国人はいるのでしょうか。少し過剰投資のような気がしました。
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10月17日(火)の朝
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昨夜はリバータリアン党の演説会に行ってきました。来月の選挙での連邦下院議員候補のBadnarikと、テキサス州知事候補のWernerがスピーカーでした。Badnarikは2年前の大統領選挙でリバータリアン党公認候補者として大統領選挙に出馬した人で、ブッシュとケリーの大統領候補者による公開討論会への参加を求めてグリーンパーティの候補者と共にセントルイスの会場に無理やり押し入ろうとし、逮捕されたことがあります(アメリカでは制度化された民主党、共和党以外の第三政党にとって不利な規則がたくさんあり、リバータリアン党にとってどのレベルの選挙の活動でもまず最初に挙がるのは公開討論会への参加と、投票用紙への名前の記載を求めることです)。
Badnarikはさすがに演説が上手く、結構引きつけられます。内容もとてもシンプルで分かりやすいです。例えば「両親に自分の決定を委ねるのは子どもの間だけだ。なのになぜ政府には自分の決定を委ねようとするのか。政府は自分のことを自分よりも良く知っているというのか。自分のことは自分が一番良く知っているはずだ」など。要するにリバータリアン党は「自分のことは自分で決める」、「政府は国民を信頼すべきだ」という至極真っ当なことを主張しているのです。彼が言うにはリバータリアンのイメージとして、ほぼ意図的にメディアによって誤解がばら撒かれていると言います。それは「リバータリアンは、ゲイで無政府主義者で無神論者でドラッグ中毒の連中だ」ということです。しかし実際リバータリアンは、他人の選択に対して寛容なだけで、ゲイを「容認」、無神論を「容認」、ドラッグの使用を「容認」であって、決してゲイ「推進」、無神論「推進」、ドラッグ「推進」では無いのです。現に彼はゲイでは無いし、個人的には妊娠中絶には反対だし、ドラッグはしたことがなく、自分の子どもにもしてほしくないそうです。要するに、単にそういう個人的な領域には政府は介入するな、と言うことです。政府は憲法によって認められた仕事だけをやっていれば良いのです。
外交政策に関しても異彩を放っています。彼は「アメリカ軍は世界の事柄に関わるべきではなく、自分たちの国土だけを守っていれば良い」と言います。だから当然北朝鮮問題にしても、関与すべきでは無いとのことです。アメリカは世界中から即時撤退せよ、安全保障は自由貿易による経済的相互依存によってなされるべきだ、と。こう言うと単なるリベラル派のようですが、リバータリアンはリベラル派のように戦争そのものに反対はしません。むしろ、必要とあらば戦争は辞さないという立場です。それにリベラル派は保護貿易主義の傾向があります。リバータリアンは銃規制にも反対しています。これはどういうことかというと「自分の身は自分で守る権利がある」ということです。暴力を政府だけに独占させるわけにはいかないのです。これを国レベルまで突き詰めれば、スイスのような「国民皆兵制」、民間防衛思想ということになります。すなわち、「自分たちの国は自分たちで守る」。アメリカにも建国当時は民兵(ミリシア)がいましたが(ていうか今でもいますが)、これを全面に打ち出すのがリバータリアンの防衛思想です。これは左翼の反戦主義とは違い、「きれいごと」抜きのある意味普遍的で最強の反戦思想だと思います。
またリバータリアンは憲法原理主義者です。昨夜の演説会でもさかんに「現在の政府がやっていることのほとんどは違憲である」という主張がなされました。例えば金融政策を行う連邦準備理事会(FRB)の権限は、本来は議会に与えられており、違憲である、と。流通する貨幣量はあくまで生産された価値に応じて自然に決められるべきで、FRBがジャブジャブ勝手にドル札を刷るのは、国民の資産を勝手に減らしているようなものだそうです。ちなみに「憲法原理主義」というと、別の第三政党に憲法党(Constitution Party)というのがありますが、リバータリアンとの違いとしては、憲法党は宗教をキリスト教に限っているということがあります。リバータリアンはアメリカが立ち戻るべき「本来の姿」をいかなる宗教にも特権を与えない世俗国家として見ますが、憲法党は「キリスト教共和国」と見るわけです。
演説会では他にも環境政策、教育政策、福祉政策など多岐にわたって議論が展開されましたが、どれも要するに「国民を信頼して、国民に任せよ」ということです。ただここでもある種の誤解があると思うのですが、リバータリアンは大企業に絶対の信頼を置いているわけではないということです。例えば環境政策において、リバータリアンは企業に任せていて環境問題が解決するとは思っていません。では、どういう解決法かと言うと、「国民に企業をもっと自由に訴えさせろ」ということです。つまり国民一人一人が企業の監視員となって、必要とあらば裁判所に訴え出ることで、企業が環境汚染をするのを防ごうというのです。リバータリアンにとって大企業は往々にして政府と結託しており、「国民の敵」となります。リバータリアンが擁護する資本主義とは案外、素朴で理想的なもので、現存する企業資本主義を必ずしも擁護するものでは無いのです。「政府を人民の手に取り戻せ!」と主張する「人民主義」(Populism)といえば、左からというのが相場ですが、リバータリアニズムの場合、例外的に右からということになります。「右からのポピュリズム」というのは案外アメリカのリバータリアニズムの他に例が無いのではないかと思います。ちなみにリバータリアンはテキサス大学も民営化されるべきと考えているようです。
下の写真はテキサス州知事候補であるWernerのバンパースティッカー。"fiscally conservative, socially tolerant"(「財政的に保守的、社会的に寛容」)とあります。彼の政治コンサルタントによるとこのバンパースティッカーを貼った車が一台増えるごとに得票が100票増えるそうです。
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10月19日(木)の朝
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前の日記でリバータリアン党のテキサス州知事候補について述べましたが彼はしょせん泡沫候補に過ぎません。実際彼は先日の候補者公開討論会にも参加を許されていませんでした。有力候補は4人います。現職で共和党のRick Perry、元連邦下院議員で民主党のChris Bell、元オースティン市長で現在、州財務長官(厳密には「みたいな」ポスト)の共和党員にして今回は無所属として知事に反逆するCarole Keeton Strayhorn、そして元ミネソタ州知事のプロレスラー、ジェシー・ベンチュラから支援を受けるカントリー歌手で無所属のKinky Friedmanです。各種世論調査の結果によると、Perry: 35%、Friedman: 23%、Bell: 15%、Strayhorn: 15%(9/19, SurveyUSA poll)、Perry: 38%、、Bell: 26%、Friedman: 13%、Strayhorn: 13%(10/19, Zogby/Wall Street Journal tracking polls)とこれらの4者への支持は結構拮抗しています。
で、最近話題になっているのが、先週から始まった現職のPerryによるBellに対するネガティブキャンペーン。現職が一般的に「汚い」と認識されているネガティブキャンペーンを行うのですから、相当焦りが生じているのだと思います。これについて昨日のDaily Texan(UTの学生新聞)が記事を書いており、その中で政治キャンペーンが専門の政治学部の教授がコメントが多数引用されています。PerryのテレビCMでは、「Bellはテキサスにとってリベラル過ぎる」というのがあるのですが、これは教授によると「攻撃ではない。政治思想の性格付けだ」とのこと。またPerryがCMで「Bellは州境に軍隊を配置するのに反対の票を投じた」とBellの弱腰を攻撃しているのですが、実際はBellは「連邦軍を配置するするのに反対の票を投じた」に過ぎず(州の問題に州兵ではなく、連邦軍を使わないのは当然)、正確では無いと反論しています。これに対して教授は「それは関係ない。Bellの決定のコンテクストに関する情報を与えるのはPerryの仕事ではない」ということです。明らかにPerry寄り…。
それもそのはずでこの教授は、ブッシュのキャンペーンストラテジストであり、カール・ローブの友人で、ワシントンDCでブッシュの政治任用の職に就いているような筋金入りの共和党員なのです。しかし記事ではそういった情報は一切与えられていません。これは記者が単に知らなかったのか、それとも知っててわざと書かなかったのか。いずれにしてもあたかも中立的な学者の意見として彼の意見が記事に掲載されるのはちょっと問題があるのではないかと思います。
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10月20日(金)の朝
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昨日は、博士論文が100ページを超えたのでとりあえず久しぶりにアドバイザーに見せに行きました。彼は先月から大学の副学長になったので、会うのにいちいち秘書を通じてアポを取らなければなりません。オフィスも随分と広いもので、テレビ会議ができるスペースまでありました。3章半分の原稿を見せると「すでに完成したみたいだなあ」と驚かれました。あと夏のIPSAで発表したペーパーも渡しました。今度会うのは来々週ということに。またアポ取りに秘書にメールを書かないといけません(彼自身も自分のスケジュールを把握していない)。ちなみにより詳しい進捗状況は以下のとおり。
1章 イントロ…9割
2章 バックグラウンド…1割
2章 経験分析1…8割
3章 経験分析2…8割
4章 経験分析3…6割
5章 結論+経験分析少し…1割
ということで少しほっとしたので、気分転換に前から温めていた新しい研究のアイデアを少し試してみました。ずばり王道中の王道、日本における投票参加の研究です。これまで数多くの「なぜ人は投票するのか」に関する研究が行われてきましたが、僕はいくつかの点で不満を感じることがありました。第一に、これまでの大概の研究はサーベイデータで行われていますが、サーベイデータに現れる「投票した/しない」はあくまで自己申告であり、本当に投票したという保証はありません。実際、サーベイデータの投票率と実際の投票率を比べれば必ず前者の方が高いです。その意味でもサーベイデータを使うこと自体に問題が無いとは言えません。また第二に、これまでの研究は大概、その本質においてstaticかつdescriptiveだったと思います。これはどういうことかというと、ほとんどの研究は「なぜ投票するのか」という問いに答えているつもりながらも、実際は「誰が投票するのか」という問いに答えていたということです。例えば「政治不信が高い人ほど棄権する」とか「高齢者ほど投票する」など。しかし、投票参加が議論されるときに問題となるのはたいがい「投票率の低下」というダイナミックな「変化」についてであることを考えれば、これまでの研究は直接この「変化」を説明しているとは言えません。
結局こうした問題はサーベイデータではなく、選管発表の投票率のデータを用いることで解決されそうですが、これまた問題があります。まず、実際投票率のデータのプロットをもって「投票率が低下している、その原因は…」うんぬん言ったりしますが、これはまずもって統計分析ではありません。また、投票率を従属変数とする回帰分析も行われたりもしますが、これは違う時点で行われた選挙結果をあたかも共時的なデータとして一緒くたに扱っているのであり、「変化」の説明にはなりません。「変化」を説明するにはやはり時系列分析が必要となります。
なら、なぜ時系列分析がこれまで行われてこなかったのか。理由は簡単で、つまり時系列分析に必要な、等間隔のデータが無かったからです。参議院選挙は等間隔ですがいかんせんケースが少なすぎます。アメリカの大統領選挙のように4年に一回、定期的に長い期間行われるようでないと時系列分析は難しいです。
そこで今回、試みるのがStimson(1999)の"recursive dyadic dominance method"を用いての「投票参加指数」時系列の構築の試みです。このStimsonの手法は、複数の概念的に似通った、しかし時期的に一定で無い調査結果から一つの時系列を一定のアルゴリズムを用いて作り出すためのものです。今回は衆議院選挙と参議院選挙における投票率から各年ごとの「投票参加指数」なるものを作ろうというわけです(ちなみにこの「指数」は僕が勝手に名付けました)。
下の図は1960年代以降の衆議院選挙と参議院選挙における投票率のプロットです。
で、これらを"recursive dyadic dominance method"を用いて統合すると、以下の「投票参加指数」なる時系列が出来ます。
つまりこの時系列は、概念的に似ているが、内容的には異なる衆議院選挙の投票率と参議院選挙の投票率から作られた、各年の有権者の投票する意図を表現したものと言えます。これを従属変数として時系列分析することで、様々な独立変数の変化が投票意図にどんな影響を与えるのか見ることができるでしょう。今のところ考えている独立変数としては「失業率」、「消費者物価指数」、「GDP」、「野党支持率」、「無党派の割合」、「都市―農村人口比率」、「第三次産業従事者割合」、「内閣支持率」、「与党支持率と野党支持率との差」などがあります。とりあえず試しに例によってARFIMAによるフィルタリングメソッドを使い、「投票参加指数」を従属変数、「失業率」、「GDP」、「消費者物価指数」、「衆参同日ダミー」、「投票時間延長ダミー」を独立変数として回帰分析を行ったところ、「失業率」、「GDP」に正の影響が見られました。つまり失業率が高くなると投票参加が増え、経済成長期ほど投票参加が増えるということです。経済変数はあまり面白く無いですが、例えば「野党が弱いときほど、投票率が低い」という関係が見出せれば、サーベイデータを用いた研究では検証できない、新たな知見となるのではないかと思います。
今後時間と精神的な余裕があるときにでもぼちぼち進めたいと思います。
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10月21日(土)の夜
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昨日はキャンパスで行われた、イギリスの雑誌『エコノミスト』の元編集長Bill Emmottのトークに行ってきました。Emmottは80年代後半、日本がまだバブル景気に酔いしれていたときに、"The sun also sets"(「日はまた沈む」)と言って、早くも日本経済の後退を予言して脚光を浴びた人物です。昨年彼は"The sun also rises"(「日はまた昇る」)と、今度は日本経済が復活すると予言し再び脚光を浴びています。しかし今回のトークは正直あまり面白くありませんでした。要領を得ない浅く広くの予測と非現実的な提言。まあ一般向けの講演だったからこんな感じだったのかもしれませんが。要は、日本は非正規職員の雇用拡大による会社の人件費の削減、不良債権処理、中国への輸出の好調によって景気を回復しつつあるが、今後は正社員の職も増え消費者の購買力も増えるので、景気回復はより確かなものになるだろう、ということでした。また彼は靖国神社は国が管理する非宗教的な神社になるべきだとの見解を示しました(誰がこのアイデアに満足するというのか?)。
ちなみに彼の89年のThe Sun Also Setsは英語で出版され日本語に翻訳されましたが、近著のThe Sun Also Risesは記事になっただけで、本は日本でしか出版されていません。
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10月24日(火)の夜
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日曜の晩は一人でAntone'sというオースティンで一番有名なナイトクラブに行ってきました。このAntone'sは上質のブルースを聴けることで世界的に知られているらしいです。別に僕はブルースには興味がありませんが、せっかくオースティンにいるのだからと思い、有名人らしき人が出る日を見計らって出かけることにしたのです。この晩、出演した中で最も有名なのはHubert SumlinというギタリストとJames Cottonというハーピストのようでした。あと、同じ日の夕方、たまたまオースティンでライブを行っていたローリングストーンズのギタリスト、キース・リチャーズもSumlinの友人ということで、飛び入りで演奏していました。やはり至近距離で見る生演奏は素晴らしかったです。35ドルもしましたが、行って良かった。とりあえず両者のCDを買いたいと思います。しかし夜の10時から2時まで立ちっぱなしはしんどかったです。アメリカ人はパーティでもバーでも立ち飲みとか普通にするし、フットボールの試合も3時間半立ちっぱなしだし、やっぱタフなのかなあと思います。ちなみに40分ほどダウンタウンから夜道を歩いて帰ったので余計に疲れました(こういうことが普通にできるオースティンはつくづく安全だなあと思います)。
今日は先週のメインアドバイザーに続いて、別のアドバイザー二人ともそれぞれ会見。まあ別に何事も無く平穏に終わりましたが、もうすでに終わった分析に対して「これを試してみれば?」と、統計学系のジャーナルに今年出版されたばかりの論文を渡されたのには少し閉口しました(正直そんな気力無い…)。何か人と会ってしゃべっただけなのにすごく気疲れしました。ということで今晩は少しお休みモードです。明日の朝はまた別のアドバイザーにも会います。正直こういうのは苦手です。
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10月26日(木)の夜
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今日は学部で行われた、UC San DiegoのMathew D. McCubbinsのトークに行ってきました。McCubbins教授といえば現在のアメリカ政治学会における「スター政治学者」の一人です。トークが始まる1分前に会場に着いたため、「これは立見になるかな…」と思っていたところ、実はガラガラ。僕を合わせて学生3人、教員5人しかいませんでした。これが今のUT政治学部です。他の大学の政治学部だったらちょっとあり得ないことではないでしょうか。McCubbins教授は別にアメリカだけをやっているわけではなく、基本的に比較議会です。UT政治学部の多くの比較政治学専攻の教員や学生たちはどうしたのでしょうか。学会の主流から離れ、質的研究の比較政治と政治思想に舵を切りすぎたUT政治学部の未来は暗いと思いました。
トークの内容は世界各国の議会を比較しつつ、少数派(野党)の"roll rate"のバラツキは何によって説明できるか、というもの。ある政党の過半数の議員がある法案に反対票を投じたにもかかわらず、その法案が通ってしまうことを、「その政党はやっつけられた(rolled)」(←rolledの定訳があるのかどうかは、僕は知りません)と言います。"roll rate"とは、通った法案のうち、何割がその政党がrollされたかを表します。多数派(与党)の"roll rate"は大概ゼロかそれに近い数字ですが、野党の場合、1割、2割代から、9割を超える場合まで、結構バリエーションがあります。日本の場合、野党(社会党)の"roll rate"はせいぜい2割か3割で、世界的にみて低い方となっています。これは要するに、委員会の時点である程度、法案に対する妥協が成立しており、委員会を通って本会議に出た法案に対して野党が反対票を投じることが少ないことを表していると思われます(それだけ合意形成型の議会と言えるでしょう)。
研究はまだ仮説の段階で、野党"roll rate"のバラツキの説明には至っていないということでした。僕はいずれにせよこういったことは専門では無いので、「ふーん、そんなもんか」と聞いていただけでしたが。
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10月29日(日)の夜
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先週の日曜にAntone'sで聞いたJames CottonのCDを買いました。すごい泥臭いブルースでステキです。それにしても不思議なハープの音色です。ボワーッと低い音。
ここ一週間、日本のジャーナルに投稿するために書いていた論文が書きあがりました。確か11月上旬が締め切りと思っていたのでかなり急いで毎日明け方まで書いていたのですが、調べたところ思ってたよりも実際は遅かったです。でも、できるだけ早くに投稿したいと思います。IPSAで発表した論文も近日中に最終的に仕上げて、これはアメリカのジャーナルに投稿したいと思います。
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10月31日(火)の夜
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最近は精神的にも肉体的にも疲れ気味です。毎分毎秒、自分自身を無理やり元気付けて動いているような感じ。で、昨日から全身の筋肉がだるかったのですが、今朝になって発熱しました。最近はなぜかこのようにせきとかのどの痛みとか無しにいきなり熱が出ることが多いです。
それでもがんばって午前中は明日のTAのクラスの試験の最終準備とペーパー修正をして、午後の三時に、IPSAで発表したペーパーの修正版をプルーフリーディングをしてもらいに大学院生用のライティングセンターへ。このライティングセンターは今学期から完全予約制の上、一時間12.5ドルの有料制になったのですが、僕はかえってこれで良かったと思います。というのも今まではチューターの質もマチマチで全体的にあまり良くなかったからです。実際最初の2年は頻繁に利用したものの、最近3年くらい全く使っていませんでした。これでペーパーをどこかのジャーナルに投稿できる、といきたいところですが、あと一人見てもらいたい先生がいるので、その先生に頼んでからにすることにします。
その後は、アドバイザーの一人の先生と面会。僕の博士論文で使っている手法はやはり古いし問題があるとのことで(とはいえその先生が自身の1999年の論文で使っているものですが)、まだ政治学では全く取り入れられていない最新の手法を使うようにとのこと。どこかにプログラムが落ちていないものでしょうか。さもないと自分で書かないといけなくなる…。
昨日も実はメインのアドバイザーの先生と会ったのですが、この種のミーティングは本当に疲弊します。しかも明日と金曜日も別の先生と面会の予定。もうほんとに自分を常に駆り立てないと挫折してしまいそうです。大多数の院生がそうでしょうけど、こういうのをやすやすとこなせる人は凄いと思います。しかしここ数年は本当に自分に自信が持て無い。常に自己嫌悪との戦いです。10年前の自分はもっと自信に満ち溢れていたのに…。
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