2007年5月の日記
5月3日(木)の夜

 毎週末一緒に遊んでいるUT経済学部、Assistant ProfessorのH先生より、先月日本で発売されたご自身の手によるミクロ経済学の教科書を頂きました。

僕にはこの教科書について詳しくコメントする能力も時間も無いので、以下に「はじめに」の冒頭の部分を書き出したいと思います。ここだけでも何か他の教科書とは毛色が違っているのが何となくわかると思います。

 本書はミクロ経済学の中級書であるが、初級書では断りなく置かれがちな定義・仮定を明確にするように努めた。
 初級書ではしばしば、留保条件をあえて述べずに結論のみを与えることがあり、これは一定の「教育的配慮」としては有効である。しかしこれは一方で、議論の背後にある前提条件および論証プロセスを読者が顧慮しなくなってしまう危険性をはらんでいる。結果、前提条件を無視して結論を振り回したり、あるいは本来その議論が述べていないことまでに結論を拡張してそれを批判の的にする、というようなことが少なからず行われる。残念ながら、経済論壇では日常茶飯事のことと言ってよい。
 野心的な議論は大歓迎であるが、それは同時に、前提抜き・論証抜きの結論を排した「禁欲的」なものでなければならぬ。本書がそうした禁欲化に貢献できるとしたら、望外の喜びである


…とこのように、なんだかとっても「尖った」というか、誰か具体的に仮想敵でもいるのか!?というような文章です。しかしこれでも僕が以前さらっと草稿を見せてもらったときの「はじめに」に比べると随分と丸くなった印象です。というのも、内容には注文をつけられなかったものの、この「はじめに」だけは、編集者に書き直しを頼まれたそうです。
 とはいえ、言っている主張は真っ当だと思います。特に、自分も含めて政治学の議論というのは、経済学以上に「議論の背後にある前提条件および論証プロセス」を無視し、「前提条件を無視して結論を振り回したり」、「本来その議論が述べていないことまでに結論を拡張」することが多いように思うので、良い勉強になると思います。こうした点を強調しているからか、実際この本は類書と比べてもソリッドというか、無駄な議論が無いというか、まさに「禁欲的」な印象を受けます。博士論文が終わればゆっくり読みたいものです。

5月10日(木)の朝

 TAのクラスの試験が月曜日にあり、明日のオフィスアワーには学生が来そうなので、復習しています。今回の試験問題もTAが分担して問題を作ったのですが、あまりにもニッチな問題が多すぎます。前回もこんな感じで、平均点が低すぎて文句が出ていたのに、なんでわざわざこんな変な問題をまた作るのかと思います。僕が分担した8問はどれも簡単なものばかりです。平均点が80点くらいでも良いと思うのに、どうして他のTAはわざわざこんな変に難しい問題を作るのか。先生に自分の「実力」(←!?)を示したいのか。ちょっとはこの試験を受ける学生の立場になって考えるべきです(しかも試験後の処理で困るのはTA自身なのに)。
 僕はこの種の「分担」の効能については懐疑的です。プロフェッショナルスクールの大学院ではグループ単位での発表なんかも結構あるようですが、果たしてどれだけ機能しているのでしょうか(僕の場合「グループワーク」なるものは2年目のコースワークでの計量分析のリプリケーションの授業以外無かった)。各人がちょっとずつやるよりも、一人が最初から最後まである種の「原則」を持って作った方が、一貫性があって良いと思います。アメリカ人は個人主義的なようで、「みんなで分担して、全体を作った方が良いものができる」という集団主義的な幻想をもっている気がします(ちなみにアイン・ランドはこういう思想を徹底的に批判した)。

5月10日(木)の夜

 やはり夏だけあって長期でオースティンを空けるようで、これまでのところ博士論文のコミティーの先生方のうち、一人は6、7月不在、一人は7月不在ということが分かっています。この分だとおそらくディフェンスは8月上旬になりそうです。とりあえず今渡している分のコメントをもらうときにでも詳しく日程を決めたいと思っています。

 学期末ということもありますが、コメント待ちの間、何となく少し気が抜けてしまっています。もちろんいくらでもやることはあるはずなのですが。博士論文の量についてこのままだとおそらく150ページくらいになりそうです。これはまあ僕のように統計学や数学を割と使い(フィールドワークで得た情報命で、資料漁りを旨とする地域研究中心ではなく)、理論的、方法論的関心が中心の論文の場合、少ないということもないハズですが、それでも何となく少ないかなあという気がしています(別にコミティーの先生方から言われたわけではない)。それにもちろん質が量よりも重要です。とはいえ、なんか落ち着かない気もするので、新たに実証分析の章を一つ作ろうかなあとも考えています。

5月10日(木)の夜2

 おそらく小泉政権下(2001年4月〜2006年9月)での内閣支持率の時系列分析は、全期間を通じてはまだ誰もやっていないのではないかと思ったので、戯れにやってみました(一部の期間に関してはE大のNくんがやって論文を発表している)。データは月ごとで、全て時事世論調査から(ソースは『世論調査年鑑』と中央調査社ウェブサイト時事通信社ウェブサイト)。従属変数はもちろん内閣支持率、独立変数は与党支持率(自民党、公明党、保守党の支持率の合計)、完全失業率、消費者物価指数、それに各種政治イベントに対応するダミー変数(ハネムーン効果、2001年参院選、靖国神社参拝、田中真紀子外相更迭、北朝鮮訪問、イラク特措法成立、2003年衆院選、2004年参院選、2005年衆院選)です。

 例によって各時系列をARFIMA(AutoRegressive Fractionally Integrated Moving Average)フィルターで自己相関を持たないホワイトノイズ残差へと変換した後、重回帰分析にかけます。結果は以下のとおり。

 与党支持率が内閣支持率に対して統計的に有意な正の影響を及ぼしています。つまり与党支持率が上がると内閣支持率も上がるというわけです。個人のカリスマでもって政治をひっぱってきた小泉首相といえども、やはり従来の自民党の首相同様、与党自民党に対する政党支持の恩恵に浴してきたわけです。完全失業率、消費者物価指数の経済変数は効いていません。というのも両変数とも、小泉政権下においてはあまり変化していないというのもあると思います。有権者の「暮らし向き」や「世間の景気」に関する認識もモデルに加えたかったのですが、一部の時期について入手できなかったので断念しました。
 ダミー変数は結構効いています。やはり論争を巻き起こした靖国参拝および当時人気の高かった田中外相更迭は内閣支持率を低下させました。一方で北朝鮮への「電撃」訪問は内閣支持率を押し上げたようです。
 郵政民営化をめぐる2005年9月の衆院選においては内閣支持率が急騰したことから、そのダミー変数が効いていないことが奇妙に思えるかもしれませんが、これはおそらく同時に自民党支持率も上昇したため、その選挙固有の要因は関係なかったと言えるのかもしれません。逆に言うと、有意なダミー変数は、自民党支持率の上昇や下降では説明しきれないそのイベント固有の要因によって内閣支持率に影響を与えたということです。例えば図を見てわかるとおり、2002年9月の日朝会談時には内閣支持率は急上昇しましたが、これは自民党支持率では説明できそうにありません。

 こんなことやってる場合じゃない…。

5月17日(木)の夜

 今日は博士論文の英語をネイティブに見てもらっていました。学期中は学生チューターとアポをとった上で、無料で1時間のセッションを受けることができ、今学期の後半は週1くらいのペースで利用していました。でも今回はもう学期が終わったのでいつもお願いしているチューターに個人的にアポをとって見てもらうことに。彼は普段は1時間10ドルを大学からもらっているそうなので、12ドル払いました。彼は生物学専攻の学部生で、「陽気なアメリカ人」のイメージとは対極にある無口でナードな白人ですが(彼が笑ったのを見たことがない)、仕事はきっちりしてくれます。今まで別のチューターも利用したことがありますが、彼が一番しっくり来るので、先学期以来いつも彼を指名しています。
 僕はアメリカ生活にずっと何かしらの違和感をもっていますが、その一つはおそらく「無意味に陽気でフレンドリーなアメリカ人」(そのように人に接さなくてはいけないと、ある種文化的に訓練されている人)にあると思います。一度、そういうタイプのアメリカ人に"American artificial smile!"と言って、「ニッ」と笑顔を作ると嫌な顔をされました。
 しかし、英語を直してもらっているときは常に自己嫌悪に陥ります。意味不明な英語表現を見つけては、それを書いた当時の自分に対して「死ねばいいのに」って思います。留学初期においては、自分の英語能力でフラストレーションを感じる順番は「会話>聴き取り>英作文」でしたが、今ではすっかり「英作文>会話>聴き取り」になりました。

↑明日に迫った卒業式に向けて準備が進む"main mall"。僕が卒業予定の夏は残念ながら卒業式がありません。

↑京都の友人が送ってくれた"I Love Kyoto" Tシャツ。

5月21日(月)の夜

 今日はメインのアドバイザーと会い、博士論文ディフェンスの日を具体的に決めて良いということになりました。後は彼の秘書とのやり取りとなります。前にも書いたとおり、他のコミティーメンバーの先生で、6月と7月、オースティンを空ける人がいて、この人が帰ってくるのが8月2日とのことなので、博士論文提出期限の8月10日までの実質1週間しか日がありません。この中で果たして5人の先生のスケジュールの合う「1時間半」はあるのか、かなり不安です(場合によっては一人までは欠席できる)。ていうか5人(以上)というコミティーメンバーの数は多すぎると思います。大学によっては3人というところもあるようですが、こっちの方が各先生方の指導責任みたいなものも大きくなるだろうし良いのではないでしょうか。

5月24日(木)の朝

 ディフェンスの日程調整で気が重い日々です。一応忙しそうな先生から先にと思って、調整を進めているのですが、三人を終わった段階ですでに8月6日と7日しか可能性が無くなってしまいました。二ヶ月以上先の話なのにどうしてこんなにみんな忙しいのか、理解不能です。10日の提出期限を逃すと夏学期卒業できなくなりますが、その場合でも8月中にはディフェンスして、9月には帰国しようと思っています(これだと12月卒業)。ただ問題は夏学期の学費。納入期限が6月1日で、もし夏学期に卒業するなら払い込まないといけません。でも振り込んだ後にディフェンスの日程の調整がつかなくて卒業できない、となると単なるムダ金となります。約2000ドルは大きい…。いずれにせよ残り二人の先生に問い合わせたメールの返事が来るのが怖くて、メールチェックもままなりません。

5月26日(土)の昼

 8月10日までのディフェンスの日程調整ですが、4人目を終わった段階ですでに不可能になりました。4人目の先生は8月3日〜18日までイギリスにいるとのこと。仮にこの先生抜きでディフェンスしたところで、いずれにせよ8月10日までに彼のサインがいるので、事実上不可能です。なんでこんなことになるのか。みんな夏とはいえ旅行しすぎ!。というか、6月中旬〜8月2日までダメな先生と、8月3日〜18日までダメな先生がいる時点で夏学期卒業は不可能です。これも運命か…。仕方ないので8月下旬にディフェンスを設定し、12月卒業ということになりそうです(他の可能性ももちろ考えてみますが)。

5月29日(火)の昼

 結局5人目の先生も都合が悪かったので、夏学期卒業を断念しました。あと論文の内容でも問題点を発見。僕が使っている統計手法にはある前提があるのですが、実際データがその前提をviolateしているかどうかのチェックをしていませんでした。単純なことなのに今の今までこれに気づきませんでした。とりあえずここ1週間はこの問題に集中したいと思います。

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